・・・世界各国で深刻な社会問題となっている薬物乱用。日本においても例外ではなく、とくに若年層を中心に薬物乱用が浸透しているのが現状である。また、自殺者が薬物乱用の問題を抱えていることも少なくないと言われている。国立精神・神経医療研究センター 松本氏らは、日本人薬物乱用者における自殺のリスクファクターと性別による違いを明らかにするため検討を行った・・・  薬大に行きながら薬や医療について何の興味もなかったから、どうしてそんな内容の本を読んだのか分からないが、いや何か思想書の中に出てきたのだろうか、ヨーロッパでは心を病んだ人は草原で治し、日本では白い壁の中で治すという違いに言及していた箇所がやたら印象に残っている。何十年も前の話だが、恐らく今でも同じようなことがなされているのではないかと思う。いや寧ろ、薬というものがもっと幅をきかせるようになって、まるで養鶏場の鶏の如く、与えられた空間で、与えられた環境で治療という名の管理下に置かれているのではないか思う。  連日、オリンピックでメダルを取った選手のインタビューが放映される。選手が口を揃えて言う言葉が「回りの沢山の人に支えられてとれたものです。みんなに感謝します」と言う内容だ。もう、1人の才能だけでメダルがとれる時代ではなくなったことの証明でもあるが、選手達の人間性の向上でもあるのだろう。感謝の言葉が多く飛び交っていた。それは見ていてとても気持ちのよい光景なのだが、僕にはそれとは全く逆の光景も目に浮かぶ。社会との接点を失い、一人で悶々と生きている人達だ。何の評価も与えられず、何のチームにも加えられず、何の援助もない人達だ。孤立して窒息して歓び薄く毎日を懸命に飲み込んでいる人達だ。苦況を訴えれば薬という名の化学物質を無制限に放り込まれ、思考すら許されない孤独に追いつめられる。薬物を乱用したのではなく乱用させられたのだ。救いを求めた場所で結局は彼岸に追いやられる。誰もが気がついているのにこのシステムは変わらない。医療という名の金のなる木に群がっている企業の本質そのものなのだから。 営利営利と気の早い虫が鳴く。