雪花

 今朝、この冬初めての氷が張った。と言っても、なにぶん温暖な地だから、今日が最初で最後かもしれないのだが。昼には雪が横殴りに降り出した。これもこの冬初めてのことで、最初で最後かもしれない。この地方独特の表現か共通語か知らないが、薬局にやってきた老人が「雪花が散っている」と表現した。雪が降っているをこんなに美しく表現できるのは日本人だけだろうか。それとも多くの国の人達がそれぞれ表現を競っているのだろうか。 パソコン画面を見ていた娘が思わず吹き出した。薬局に送られてくる情報に目を通していたみたいだ。ある有力な雑誌のホームページに連載されているカリスマ薬剤師の連載ものを偶然目にしていたらしい。娘が笑ったのは、逆流性食道炎の患者を漢方薬で2ヶ月で治したって言う記事で、誇らしげに処方まで載っていた。超有名なホテルの中にあるその薬局は、相談するだけで僕らの漢方薬の1ヶ月分くらいを相談料としての名目でお金をもらい、その上漢方薬は僕らの3倍くらいの値段だ。執筆、講演と大活躍だから、さながらこの世界ではカリスマという称号もまんざら誇張ではない。  娘が笑ったのは、2日前に彼女が相談を受け処方した逆流性食道炎の患者さんが、翌日にはもうお礼の電話をしてきて下さったことと比較してのことだろう。病院に数ヶ月かかっているが、深夜12時を過ぎると必ず喉のあたりが焼けるようになって目が覚め、夜明けまで気持ちが悪くてムカムカし、熟睡できなくて困っているという相談だった。娘はたしか2週間分作って渡していたと思うが、その夜から劇的に効果があって、喉の不快感はゼロ、目も覚めずに朝まで熟睡だったらしい。  僕の傍で一緒に働き、2年間くらい僕の先生の治療を毎土曜日傍で見させてもらっただけで、この程度の力を蓄えた。誰も殊更娘を尊敬などしていないだろう。若くて心優しい女性薬剤師くらいにしか思っていない。それでもこんなことが出来る。ごくごく普通のどこにでもある薬局の何処にでもいる薬剤師でもこの程度のことは出来る。虚飾を纏い咲き誇ることは出来ないが、せめて雪を雪花くらいには言ってもらえるかもしれない。