無茶

 そんなことが実際にあるのか、出来るのかと思うが、嘘を言うような子ではないから、事実なのだろう。その為には作っていないが、偶然飲んでもらっている漢方薬がそちらの方面にも役に立っているのだろう。 僕はコックさんの世界を全く知らない。そもそも男性が料理に興味を持つところから想像できないくらいの人間だから、その世界はまるで地球の裏側だ。でもこの1年くらいある若いコックさんをお世話しているから、少しだけ知識を得た。でも今日の「この1週間毎日1時間位しか寝ていない」と言うのには参った。本来ならお世話している病気がそれで一気に悪化しそうなものだが、寧ろ良くなっている。それに今にも瞼でも閉じそうになればいいのに、結構爽快そうな顔をしている。遠くから車を運転してやってくるが、居眠り運転の不安もないのだろう。  どうしてそんな無茶をしているのと尋ねると、さぼったからと、自分を責めている。何をどうさぼったのか知らないが、何か遊びのために時間を費やしたのではない。努力不足で能率が悪かったという意味だ。将来の夢があるのだろうか、その働きぶりは目を見はるものがあったから、この労働条件でも何ら不満は述べない。寧ろ自分を責めている。過酷な労働を寧ろ楽しんでいるようにさえ見える。ただそれを可能にする体力、気力に感心する。嘗て僕にも必ず同じ世代があったのだが、今の彼のようなことが当時出来たようには思えない。努力は苦手だったが不平不満は得意だった。体力はなかったが時間だけはあった。活力も勝力も渇力も克力もない、ないない尽くしの青年だった。  何かを得ると言うより、何かを失っていくと言う方が何となくしっくり行く僕の土俵にその青年はいない。