便利

 「ベンリ、ベンリ」と言われても何が便利なのかさっぱりわからなかった。何度もその単語をくり返しながら、パソコンの前に腰掛けてやたらクリックをくり返していた。便利の後は「デキタ、デキタ」とくり返すがこちらは何が出来たのかさっぱりわからない。何となくこれがベトナム語かというような文字とそれらしい風景や顔が画面に登場していた。  そのうち何かを打ち込んでいたと思ったら、電話のコールみたいな音がして、パソコンの画面に若い女性が3人如何にもカメラを覗きこんでいるような仕草で何かを話しかけてきた。背景はプライバシー丸見えで片づけられていない部屋が写っていた。なにやらそれぞれに話していたが話が通じていたのかどうかわからない。会話が成立しない内に一方的にこちらが切ったようになったが、それにしてもこれがテレビ電話かと驚きだった。こちらにはカメラがないから写ってはいないだろうが、あちらの光景はしっかりと写されていた。僕だってその気になればテレビ電話を備え付けられることを後日日本人に教えてもらった。「タダ、タダ」と言うのは、恐らくこのテレビ電話を利用すれば無料だってことを言っているのだろう。それならさすがに「ベンリ」だ。ただ僕はベトナムの人と話をすることもないし、する必要はないのでベンリだとは全く感じない。それよりもそれ以降パソコンを立ち上げるたびに、かの国のヤフーかなにかしらないが最初の画面が現れるので、いちいち消さなければならない。僕は日本のヤフーだけで良いのだ。今度来たら「あんたのベンリは僕の不便」と言ってやろうと思っている。  しかしさすがに若者で、生活水準は格段に違っているはずなのに、パソコンなどを自由に操る。もっとも1年で日本語をかなりマスターしたような女性だから才能には恵まれているのだろう。大学も化学系にいっていたらしい。最近は僕に対して遠慮が無くなったのか「日本のコーヒーはオイシクナイ」なんて言うから薬局に備え付けているコーヒーを飲ませてやった。すると「オイシイ」と言いながら不思議そうな顔をするので理由を聞くと、日本の食べ物飲み物すべてが薄味なのだそうだ。濃い味の国民性なのかどうか知らないが、濃ければ美味しいと言う印象を持った。単純なものだと思ったが、どうりで淡泊な気性の僕には最初ついて来れなさそうだった。