本物

 ついに出た。  もう10年近く、健康維持と美容のために漢方薬を2週間分ずつ取りに来ているから、何を今更見に行く必要があろうかと思うが、本物はやはり違うのだろう。  そう言えば閉店間際に入ってきた時もかなり興奮していた。数日前からの皮膚病の症状を説明してくれるのだが、的を射てない。喋っていることのおさらいをするようにこちらが確認してやっと理解できた。皮膚病そのものは簡単だったが、その原因を除去するのは面倒だ。確かその作業を僕が説明していたのに、何でここで話題が変わるのかと思うくらい唐突に彼女が話題を変えた。「皮膚病はどうでもいいの?」と言いたくなるような慌てようだった。  「実はね、先日福山雅治を見に行ってきたんよ」ほとんど上段の構えから面狙いのように打ち下ろしてきた。人生のほとんどを小手先でしのいできた僕は、大上段に構えられると弱いのだが、僕も福山雅治と言われて引き下がるわけにはいかない。もう皮膚病なんてそっちのけでコンサートの話に聞き入った。アコースチックギターやエレキギターを駆使したようなことを言っていた。さすがにアコースチックギターと言う単語は使わなかったが、エレキギターに持ち替えてと言ったから恐らくそうだったのだろう。ただ驚くに足りない。彼が鎌から鍬に持ち替えたというなら僕も驚くがこの手のことでは驚かない。「最後は赤い服まで着たんよ」これにも驚かない。赤いパッチをはいたのなら驚くが芸能人だったら赤い服やズボンは良くあることだ。「あれだけ困っていた肩こりがいっぺんになくなったんよ」と言いながら右手で天をつくような動作を数回繰り返した。これにも驚かなかった。「ノリノリで良い気が巡ったのではないの」と言うと「アドレナリンが一杯出たんじゃろうと息子が言っていました」と自覚していた。チケットがなかなかとれなくて知り合いの人は行けなかったらしい。これも驚かない。彼は男性にも人気があるからチケットが引く手あまたのは想像がつく。観客も50歳の彼女が違和感がないくらいもっと年上の人から、5歳くらいの子供連れまで幅広かったらしい。「自分、家に帰ってきてから旦那を見てどう思ったの」と究極の質問をしてみたら「顔見ても話なんかするもんか、どうしておるんで(居るの)と思ったわ」これにも驚かなかった。福山雅治は男性がなりたい顔の2年連続のトップらしいから、誰も彼には勝てない。「そりゃあ、比べる相手が悪いわなあ、天と地だもんね」よく考えたら悪口みたいな事を言っていたが陶酔している彼女はそんなことは意に介さない。閉店の時間を過ぎても話は止まなかったが、助け船の男性が漢方薬を取りに入ってきた。話し半ばで後ろ髪を引かれっぱなしみたいだったが「素敵な人を見てきたんだから、町中言いふらせよ」と言う僕に笑顔で「もう一杯言いふらしてる」と答えていた。  コンサートと言えば天童よしみくらいしか話題に上らないヤマト薬局でついに出た。究極の僕のライバルの名が。