耳を疑ったが、同じような人は意外といるらしいと教えてくれるから、こうなれば片耳ではすまされない、両耳を疑った。 僕はこんな青年が増えればいいなと、いつも彼を見ながら思う。薬局に来るのにわざわざ着替えてこなくてもいいのにと思うのだが、土建業に勤めて1日働くと作業着が泥だらけになるから着替えてから来るらしいのだ。この生真面目さが災いして、心労で苦しんでいたのだが、それは煎じ薬で回復したから今は予防目的だけで飲んでいる。彼が一昨日やって来たとき偶然血圧の話になって、家系的に良くないんだと不安な表情をした。聞けばお父さんが人工透析をしたあげく亡くなったらしい。遺伝要素があるのかと若干僕も気の毒になったのだが、彼の口から出た次の言葉に冒頭の状態になったのだ。「親父は、スイカやメロンやパイナップルにもしょうゆをつけて食べていたんです」どの様なリアクションを僕がしたのか忘れたが、半端ではない驚き方をしたと思う。果物にしょうゆをかけて食べると聞いたのも初めてだが、意外とそう言った人が多いと医師が教えてくれたと言うのを聞いて又驚いた。 驚きにも色々なものがあるが、自分の嗜好から判断して全く考えられないことだから、ほとんど未知との遭遇状態だ。いい話を聞いたとは思わないし、面白い話を聞いたとは思わない、唖然としたというのが正しいのかもしれない。唖然が驚きの範疇に入るのか分からないが、僕一人が聞き手ではもったいないと思った。  「良かったじゃない、それならお父さんは自業自得だから、自分には関係ないよ」メチャクチャ辛党だったらしいから仕方がない。いわば確信犯だ。10年近い父親の闘病を見ていたらしいから彼が同じ轍を踏むことはないだろうから安心だ。遺伝子に潜む暗い予感をどこかにしまって過ごすのはいやだろう。変わった嗜好を思いっきり茶化して、笑いで終わるのが一番いい。人生は文学ではないのだから、出来れば日々の小作品でもハッピーエンドで終わりたいものだ。