事故

 1時間の間、彼は僕と向かい合って喋ったり、パソコンに向かって操作したりしていたが何をいったい思っていたのだろう。クロネコヤマトのシステム関係の仕事をしているらしいが、色々良心的に説明してくれた。自分の仕事とは直接利害がないことでも快く教えてくれた。パソコン音痴の僕にはことさらこの種の助言は有り難い。 1時間以上経った頃、どうしても作らなければならない煎じ薬の注文があって調剤室に引きこもったから、その後は妻に任せた。二人が何を喋っているのか分からなかったが、彼が帰ろうとした時妻が教えてくれたことがある。実は彼のお父さんは、彼が中学校の頃珍しい事故で亡くなったそうなのだが、そのお父さんに僕がよく似ているというのだ。そう言えば彼は、当然と言えば当然なのだが、人の目をしっかりとよく見て話した。最低限の礼儀だが、ひょっとしたら、父親によく似ている人間だなとある種の感慨をもって対していたのかもしれない。そのせいかどうかは分からないが、とても親切に教えてくれた。 「そう言えば君は僕の息子にそっくりだ」と言うと、彼は驚いた様子で「そうですか?」と答えた。初対面で僕流の冗談だと彼は気がつかなかったみたいで、心配した妻が「彼の方がハンサムだ」娘が「似てるかなあ」などとフォローしてくれた。実は僕の言葉は「お父さんはそんなにハンサムだったの?」と続くはずだったのだが、ブレーキがかかった。亡くなり方が無念だったろうと想像できたからだ。  ずっと以前に、ある女性から父親に似ていると言われたことがある。僕は日本のお父さんなのか。どこにでもいるお父さんタイプなのだろうか。平均的な造りをしていてどうにでも見えるのだろうか。まあこの顔でも役に立てれば幸いだ。いや、役に立ったかどうかは疑わしい。青年も女性も辛い想い出みたいだから。いわゆる回りが苦労する顔なのだろうか。それなら分かる。