取り柄

 僕にとっての最後のセールスと言ってもいいかもしれない。昔ながらの薬局形態をとっているところが少なくなってきたせいか、セールスにも幾度の淘汰の波が押し寄せている。過去3回の肩たたきにも耐え、しぶとく生き残った彼も、僕の薬局みたいな小さな取引先を回ることは許されなくなったらしい。来れば一緒にコーヒーを飲み、菓子をつまんで薬業界のことを教えてくれた。田舎で情報が少ないぶん、彼の話は興味深かった。薬局をやっていて、いわゆる同業者についての情報には全く疎かったから、彼の話は参考になった。 今度会うときは支店長になっているねと言い古された冗談を言うと、彼が真剣に答えた。「今出世するのは30代、私らは関係ないです。でも可哀相、ほとんど病気になって辞めていく」大会社の内部にいる人にしか分からないことで、最初何を言っているのか分からなかったが、すぐ理解できた。僕の心の漢方薬をのんでいるその世代の人が最近多いから。むちゃくちゃ働かされ、精神か肉体を壊して辞めていくって言うのだ。特にパソコンが普及してから一気に労働量が増えたと言っていた。確かに、田舎の小さな薬局でも、それも超アナログの僕でさえ仕事が終わってからも2時間くらいパソコンの前にいる。以前なら考えられないことだ。便利な機械を手にしたのに嘗てより働いている。時間もストレスも節約したのではなく、時間に縛られストレスはますます増えた。  4度目の肩たたきにもめげず、根性でぶら下がっていますと自嘲気味に笑っていたが、本当に明日さえ分からないと言っていた。前日にいとも簡単にすぱっと首でも切られますよと江戸時代の会話かと思うような単語が自然と口から出る。牛窓警察署の野球のチームに一緒に入れてもらって楽しんでいたあの頃が懐かしい。お互い無責任でいい加減な仕事をしていた。でもそれで何となく時代に許されていた。町の薬局を回る最後のセールス世代の彼と、町の薬局を守る最後の薬剤師世代の僕との妙に馬が合う出来損ないコンビだった。そんな僕らが不思議と生き残っているのは、他に取り柄がないから懸命に一つの道にぶら下がっていただけなのだ。