恩恵

 やっぱりかと思った。もう何年も痛み止めでごまかしながら、いや現在はそれも効かなくなって薬はいっさい飲んでいない。2度ヘルニアの手術をしてそれでも日々の重労働で腰を痛め続けている。腰を患うとかなりの確率で首を患ってくる。首にこなければいいがと心配していたら、案の定最近は首も痛いと訴え始めた。整形外科で診察してもらったら首のヘルニアと言われたらしい。首のヘルニアも激痛だ。いくら彼ががっちりとした筋肉質でも痛みに耐える力はそんなに人と変わるわけでもあるまい。ただ何年も解決しない痛みに毎夜うなされているから忍耐強いことは誰にも負けないのかもしれないが。毎日小学高学年の子の体重くらいの荷物を機械を使わずに運んでいる。いくら肩幅が広く大腿部の筋肉が人一倍発達していても、機械にはなれない。 それでも彼は仕事を辞めない。田舎だから他にそんなに働き口はないことと、本来彼が持っている勤勉さの故だと思う。体をこわしてまで毎日出勤するけなげさは、その家庭が育てたのか風土が育てたのか。そう言えば父親も痛みを訴えながら、高齢になっても漁に出ていた。恥ずかしがり屋で、口べただったが、人のよい漁師だった。その血を彼も又受け継いで、痛いはずなのに笑顔をこぼしながら自分のではなく家族の薬を取りに来る。  いったい彼を誰が弁護し援助してくれるのだろう。会社の上司は彼の苦痛を知っているのか、近所の人達は彼に何か援助をしてくれるのか。彼が不満を言っているのを聞いたことがない。あれだけの苦痛を抱えれば誰だって何かに当たりたくなるだろう。でも彼は決して誰のせいにもしない。何処に訴えるでもなく、誰に援助を求めるでなく、まるで骨を潰すように働く。  新しい政治が始まる。半世紀もの間いい目をした人達が退場し、光が当たらなかった人達にひょっとしたらかすかな灯りが届くかもしれない。「謙遜」も「不器用」に置き換えられ、この国の人が守り続けた善意を体現している人達に、こんどこそ恩恵を。