遭遇

 絶対二人は目を合わせている、ほんの0.何秒かもしれないがお互いの顔は見ているはずだ。カウンターを挟んで僕と話していた若い女性のほうが、薬局に入ってきた女性の気配を感じて振り向いたときお互いが顔を見合わせたように見えた。その場で僕はお互いを紹介したい誘惑に駆られたが、体調が完全な人はやってはこない僕の仕事だから、プライバシー保護のためにぐっと我慢した。僕の薬局を利用してくれている人は実際にはそんなこと気に掛けないだろうが、一応世の常識を優先した。  若い女性はもうずいぶん僕の薬局を利用してくれているが、50代の女性のほうは去年からやってくるようになった。初めてその年配女性(僕よりずいぶん若いから気が引ける言葉だが、若い方の女性と比較して使わせてもらう)を見た時に、「なんて似ているんだ」と思った。僕は似ていると思ったのだが、妻は完全に間違った。僕みたいに相談机でゆっくり話をするようなことがなかったから、ちょっと見で間違ったのだが、それでも狭い薬局の中で見間違えるのだからいかに似ているかがわかる。この二人は遭遇することはないと思っていた。年配のほうは学校の先生だから土曜日しか来ることができない。片や若い女性のほうは仕事が終わってからだからほとんど夕方だ。ところが昨日は、学校の先生が運動会の練習で早く仕事が終わったらしくて、ありえもしない時間にやってきて二人がかち合った。もっとも二人は面識がないから、薬局で遭遇することに何の意味も持たないだろうが、あまりの似ていることに驚いた僕や妻にとっては2人の遭遇は願ってもない場面なのだ。と言うのは見間違えるほど似ている人がこんなに近くにいるってことを以前から教えてあげたかったのだ。どちらも岡山市の人だが、こんな田舎の薬局でピンポイントで出会うってことが面白い。  結局は言えなかった。片や10数年後の自分を見ることが出来ただろうし、片や10数年前のまだ十分若かった頃の自分を思い出すことも出来ただろうし。僕が2人が顔を合わせたら面白いだろうなと以前から思っていた気持ちが、2人を引き寄せたのかどうか分からないが、お互い、見なければよかったと思うかもしれないから、これでよかったのかも。