つなぎ服

 いつもはきちっとしたスーツ姿でやってくるのだが、昨日は車検工場の人みたいにつなぎ服でやってきた。困難さを予想していたかのようだ。恐らく機械に疎い薬局の急な要望だから一筋縄ではいかないことを想定していたのかもしれない。あるいは無秩序な配線を、机の下に潜って埃まみれになりながら点検しないといけないことも予想していたのかもしれない。どちらにしても彼の予想は当たっていた。狭い空間に身体をよじらせて入っていって確認した配線も、ディスプレーも突然パソコンが使えなくなった理由ではなかった。調剤を受けている薬局にとってパソコンの故障は致命的だから、出来るだけ早い現状復帰が必要なのだが、現場での簡単な作業で治る故障ではなく、パソコン本体の故障だという事が分かった。 こう言ったときのためにちゃんと本体の替えを持ってきてくれていて、データを移し替えてくれることになった。ところが素人の悲しいことに、毎日のバックアップというものをしていなかったらしくて、思わず「致命的ですね」と彼が漏らした。故障したときのために必要な操作なのだが、故障しないだろうなんて甘い考えを素人は持ってしまうので、彼のため息は結構危機感を持って迫ってきた。ついにやってしまったかと後悔ばかりが駆けめぐる。しかし、致命的ならどうしようもないのに、何故か今までもそうであったように、何とかして回復してくれるのではと甘い期待もよぎった。パソコン、インターネットなどは全く僕の介入できない分野で、多くの人の神業に助けられてきたから、今回もあわよくばと、根拠のない期待も抱いていた。 案の定30分もしないうちに、彼はデータを復元してくれた。単語が分からないからどの部分だとは言えないが、故障した機械からデーターが保存されているところをとりだして、その部分を替えの機械に組み込んでくれたらしいのだ。確かに彼が見せてくれた画面には、昨日までの内容がすべて復元できていた。  犯罪捜査の報道で、とことんデーターって復元できるものなのだなあと言う印象を持っていたが、彼の作業を見ていてふとそんなことを思った。パソコンを廃棄するときには気をつけないとと思ったし、こんな田舎の小さな薬局に興味を持っている人などいないだろうとも思った。それにしても、いったいどのくらい人の手を煩わせてやっとの事で時代について行っているのだろう。とうに置いてけぼりをくっていても不思議ではないのに、何故か多くの救いの手が差し伸べられる。全く少し前までには存在しなかったものが社会の中枢をにない、それに従事する人も沢山いて、まるで昔からあったように違和感なく存在している。多くの職業を潰しながら飲み込みながら肥大化したシステムは、一気に時代を加速させたが、つなぎ服に着替えてやってくる人の気持ちまでは創造できないだろう。