高級車

 僕の薬局を利用するようになってどのくらいの年月が経っているのか定かではないが、その間に少なくとも3台の外国製の高級車を乗り換えている。駐車場に縦に入れたら道路にはみ出てしまうので、いつも横付けだ。車が車だけに大丙に見える。その留め方だけではなく、厚い化粧、鼻を突く香水、和服を初め如何にも高級そうな衣装、そのどれもが僕には縁遠く苦手なものばかりだ。もっと苦手なのはその物言い、何となく見下ろしているような話し方だ。こんな田舎に何故住んでいるのと問うてみたいような人物だが、何故か僕は嫌いではない。 こういう人物には徹底して僕は並扱いする。決して丁寧には応対しない。やってくる毎に、一つや二つその人が拘っていることにたいして皮肉を言うことにしている。金持ちのオーラがもろ出っぱなしだから、どこでも相手が引いてしまいそうで、それだと人と距離ができて生活が空しくなってしまう。老婆心ではないが敢えてごく普通の接し方を「してあげている」 今日もいつものように言葉のプレゼントをした。帰ろうとして背中を向けた途端に「そこらかしこに幸せの靴跡を一杯残さないでよ」と。皮肉ったつもりだったが彼女が「そうなんよ、本当に私は運が良かったと思うわ。若いときは苦労ばっかりしていたのに」と珍しく真顔で言った。と言うのはいつも僕の口撃?にはどの世界で身につけたのか姉さん言葉で楽しそうに返してきていたから。溢れんばかりの幸せごっこの中に隠していた陰の部分がふっとよぎったのか、初めて秘められた部分を想像させる言葉を聞いた。ただそれ以上は向こうも話さないし僕も興味ないから会話は途切れた。今が幸せなら充分だ。できればその幸せを誰かに分けてあげて欲しい。そのハンドル一つ分で救える不幸も、タイヤ一つで救える不幸もあるのだから。  見えるもので身の回りを飾った初老の女性と、見えるもので身を滅ぼした僕との妙な取り合わせだが、心のとげ抜き地蔵に灰皿一つ分のお供えもない。