貧乏人根性

 車外の温度を示す数字を甘く見ていたのかもしれない。そう言えば車内から眺める光景は、頭にタオルを置きその上から帽子をかぶる集団や、片手を額にかざし眉間に皺を寄せ口を開いている人達が多かった。時に勇敢に自転車を漕ぐ学生もいたが、その勇姿たるや真夏の太陽以上に輝いていてまぶしい。嘗て僕にもそんな時代があったのだと、失ったものの大きさに愕然とする。 昼食の弁当につられ、また駐車場代を僅かに倹約するだけのためにとんでもない判断をしてしまった。それこそ高くついてしまった。  久しぶりにメーカー主催の講演会に行ってみようと勇んで家を出たのだが、そう言えば朝起きたときから体調はいまいちだった。それなのに駅前の高い駐車場を避けて教会の無料駐車場を利用し、20分歩く方を選択した。運悪く教会の駐車場は満杯ですぐ傍の駐車場を利用したのだが、それでも駅周辺に比べれば半額にも満たない。炎天下を全くの無防備で歩き始めた。繰り返される熱中症の注意喚起はインプットされているから、自動販売機でお茶を買い、まるで若者のように歩きながら飲んだ。これで熱中症にはならないだろうと思いながらも、歩くにつれ何となくけだるさが増し頭や肩が重い。気分も優れず平衡感覚が若干頼りなくなる。会場にやっと着いても昼食が用意されているだろう会場にとても行く気になれなかった。食欲は勿論全くないが、それよりも倒れたりしたら迷惑をかけてしまう。誰もいない部屋の椅子に深く腰をかけ休んでいたが一向に回復しない。弁当の時間は無慈悲にも過ぎ、講演が始まっているのは分かっても、会場に入っていく勇気が湧いてこなかった。何をそんなに自信過剰になっていたのか車の中に持薬はすべて置いてきていた。あの薬があれば何とか3時間くらいは持つのにと思ったが、いかんせん遠い駐車場に置いてきたままだ。体の熱が少しさめ始めて、これなら動けるかと思った僕が取った行動は、情けないけれど駅まで少しの距離を歩き、そこからタクシーで教会まで戻ることだった。タクシーの中で体が冷やされると幾分体調は戻り始めたが、今更引き返せれない。結局タクシーを利用し常に用意している僕の薬箱の中の薬を急いで飲んだ。いつも僕が何かあったときのために用意している優れものだが、計5000円分くらいを飲んだ。たった少しの倹約のためにタクシー代を含めて6000円出費した。毎日薬局の中で規則正しいもやしみたいな生活を送っているから、もやしであり続けるのは簡単だが、たまにもやし以外の野菜になるのはもう出来ないのかもしれない。車外温度39度の数字を見たときに、もう少し想像力を働かせればよかった。それともっと自分を知っていればよかった。炎天下の体力などもう何十年も試したことがないから、あの頃はすでに幻になってしまっているのに。 暑さによる悲報が毎日報道されるが、想像以上にやっかいなものと言うことを思い知らされた。逃がした魚は大きいと言うが、果たして今日の弁当は何だったのだろうと、今頃になって貧乏人根性がしぶとく覗く。