物音

2つの物音について。  眠っていると頭の下で物音がした。頭の下で物音とは状況的にぴんと来ないかもしれないが、僕は冷気を求めて頭を網戸にくっつけて寝ているから、ほとんど路地に頭を出しているような状態で寝ている。だから路地の音はすべて頭の下なのだ。ごそごそと何かが動く気配がする。網戸を外側に頭で押して真下をのぞき込むようにすると、白色の大きなネコが1階の薬局部分の格子のついた窓あたりを見上げている。何かが気になるのか、何かを狙っているのか、まるで攻撃態勢のような姿勢になり身動き一つしなくなった。さっきまでの物音からするとゴミ袋の中の残飯を狙っていたのだろうが、どうやらそれは僕の経験則の方が優っていて、飛び上がれない高さのところに移していたから、ゴミ袋を漁られるのは防げた。ただおずおずとそれでは引き返せない意地がネコの背中に現れていた。僕が上から覗いているのも知らずにネコは何かを狙っていた。しかし何があったのか、何を考えたのか分からないがやがて静かに去っていった。自分よりはるかに巨大な動物が上から覗いていることも分からずにネコは獲物?を狙っていた。動物的本能を少しだけ置き去りにしている様はやはりペットの立場のなせる技かと、少し落胆した。この程度だったらわざわざ息を凝らして上から眺める必要もなかった。息を凝らしているのに見つかってしまう、そんな状況を僕は望んでいたのに、少し残念だった。 2番目の物音は、早朝体育館の傍を歩いていて聞いた音だ。その時間帯に早くも誰かが物置倉庫で作業をしているように聞こえた大きな音だ。作業と言うよりトタン屋根を歩くか叩いているように聞こえた。トタン屋根の上を歩いたらあんな音がするのかなと思いながらその倉庫の全容が見える辺りに来ると、なんとカラスが数羽それこそトタン屋根の上を歩いているのだ。ただ歩いているだけでは音は出ない。どうしてあのような音がさっきまで出ていたのだろうと不思議に思ったのだが、それ以後例の音はしなかった。まるで人間が歩いているような大きな音をどうやってあの軽いカラスが立てれたのか未だ解せない。僕の見えないところに人がいたのだろうかと思うが、その気配はなかった。とても頭がいいらしいから何かを使って遊んでいたのだろうか。 どうも物音って言葉には不快感や不気味さが内包されているらしくて、2つの音を僕はまさに物音と表現した。彼らにとっては単なる生命活動の延長でしかないのに、僕にとっては不気味で不快な音だったのだ。ネコやカラスに同情するのではなく、僕はこの物音って言葉に同情する。根っから否定された言葉に同情する。  青春期、多くの人の前で歌ったが、ひょっとしたら聞き手は僕の唄を「物音」と感じていたかもしれない。でも政治家の物音よりはまだ嘘がなかったように思うのだが。