二重基準

 頭をひねって、これなら法律をクリアするだろうと自信を持って作ったキャッチコピーだったのだが、ことごとく討ち死にした。僕も数点大きな製薬会社が作った健康食品なるものを扱っているが、当然健康食品は効能を訴求できない。でも無造作に陳列しているだけでは売れないので、せめて何に使うかぐらいは訴えたくなる。身体にいいから程度のキャッチコピーでは説得力もないし、そもそも身体の何処にどの様にいいのかさっぱり分からない。手八丁口八丁の人なら何もないところから販売に結びつける醍醐味を味わえるのだろうが、僕ら薬剤師はその種のことがおおむね苦手だ。特に僕は若い時、薬をああだこうだと説明して販売することに疲れた人間だから、現在は基本的には何も喋らない。相手が欲しがるまでひたすら待つだけだ。それ以外の努力?はしない。あわよく販売できても、何の効果もなければ失うものの方が大きいことをよく知っているから。 薬務課から来たのは高校浪人時代の同級生だからやんわりと僕の法律違反を指摘したが、それでも「よく考えているなあ」と感心していた。感心するなら見逃してくれればいいと思うのだが、そうはいかないらしい。ブルーベリーエキスの「目に愛を」これはセーフ。イチョウ葉エキスの「親が早死に」これはアウト。コラーゲンの「お肌のみずみずしさに」はセーフ。カモミールの「不眠症」これはメチャクチャアウト。CQ10の「どうせならちゃんとした製薬会社が作ったものを」これはセーフ。ざっとこんなキャッチコピーが並んでいたのだ。彼がこんなに学生時代気がつく男だったかどうか知らないが、職業柄かじろじろと薬局内を物色する。因果な仕事だとは思うが、そこはそれぞれ個性なのだろう、今までよく頑張っている。組織の中で時代の流れについていくのは難しかろうによく頑張っているものだ。僕なんか1日で辞めたのだから。  話は逸れたが、彼にテレビ宣伝のことを言ってみた。石段を上がりながら、お膳を運びながら、踊りをしながら、コンドロイチンやグルコサミンのおかげですと言うコマーシャルが毎日テレビで垂れ流しされている。あれを見たら確実に健康食品と膝の痛みを関係づけて購買に結びつけられる。あれこそ連想ゲームそのものだ。これを違法と言わずに何を違法というのだろう。資本力があるから、専門家や法律家を雇い、法律をかろうじてクリアするように考え抜かれているのだろうが、僕らとは法律すれすれにしても規模が違う。ほんの数千人の小さな町と日本中。人が滅多に入ってこないような薬局と、お茶の間に侵入できる宣伝力。どんなに知恵を絞っても売れもしない僕らとは、規模が違う。「巨悪を何とかしろよ」と彼に言ったら彼は笑いながら「まあまあそれは」と言葉を濁した。僕は余りにも規模が違いすぎるから目くじらを立てるような事はしないが、世の常ここにありと言う感じだ。えてしてこんなものだ。蟻一つ殺せないような僕らの不手際には厳しいが、原爆を落とす力がある人には寛容だ。二重基準を上手く操る事が出来る人は上手く世の中を歩くことが出来る。偉い人にはほとんど必須条件だ。  僕は生涯、小悪で通す。1万円拾えば交番に届け、千円拾えばちょろまかす。いやいや、これも又かの有名なダブルスタンダードか。