全てがその方の講演を聴くために誰かが仕組んだ罠だったのか。 まず学校薬剤師会の講演がつまらなかった。新人会員のために企画したのかもしれないが、それならそれで趣旨を細かく説明しておいて欲しかった。でもそのおかげで僕は中途で席を立った。次に、ちゃっかり無料で置ける場所に車を置いていて、その場所に戻ったのだが、僕の車の真ん前に数台の車が横付けにされていて出るのを阻んでいた。これが2番目の偶然。仕方がないから時間つぶしに商店街のアーケード下まで戻り、早朝見つけていた物産展のプリンを買った。入院している叔母にお土産で持っていくために。早朝似合いもしないのに美味しそうなプリンを見つけていたのが3番目の偶然。再び駐車しているところに戻る途中に、ある夫婦に遭遇した。本来なら玉野市で会うべき夫婦なのだが、岡山市で会った。その夫婦がたまたま岡山市に来ていた偶然。そしてその夫婦がとてもよいお話が聞けるからと講演のことを教えてくれた。この4つの偶然のおかげで本当に心から感動する、又勇気づけられる話を聞くことが出来た。3時間に渡る講演内容を僕の筆力で伝えることが出来ないが、ただ一つ僕の心の中で住み続けていた罪悪感と共通する経験を話されたので披露する。僕の何百倍の人格を有しておられるのか分からないが、その方だってあり得たのだと言うことを教えて頂いて、少しだけ楽になれたし、これをきっかけに一から自分の精神を鍛え直せばいいのだとも思った。  全てその方の話。そしてその方という箇所を僕と言い換えれば全て僕自身の話。  ある飲み会に行こうとしていた時、後ろから障害を持っている青年に一緒に行こうと声をかけられた。その方は直感的にまずいと思ったそうだ。歩くのも遅いし言語もハッキリしない。飲めば尚更だ。それでも仕方なく一緒に行ったそうだが、会場に着くと離れて腰掛けた。自分は話題が豊富で愉快な方達と一緒の席に腰掛け、時折遠くで孤立している彼の方を向きジョッキを上げて乾杯などと声をかける。申し訳程度の接点を作り体裁を整えていただけなのだ。さすがに帰りは気が引けたので一緒に帰ったらしいのだが、彼が「温かいお酒を飲んでいるのにどうして心は寒いのでしょうね」と呟いたらしいのだ。 精神を鍛え直すと言ってもそう簡単に出来ることではない。まして僕ら凡人は安易な方向にしか流されない。上流を目指す気概はない。でもその方はさすがに克服の方法を教えて下さった。時間をその人のために使うという解決方法なのだ。1時間、彼のために自分の全てを費やすのだ。これなら僕にも出来るかもしれない。嘗て同じような場面で、たった1分も割かなかった自分が恥ずかしい。「向き合えば命流れる」とも教えて下さった。誰とも等しく向き合える勇気と忍耐が欲しい。