携帯電話

 やはりそうかと思う。いくつとなく出ては消える警告も便利さには勝てないのだろう、すぐ聞かれなくなる。  今回もアメリカのある機関の発表だが、携帯電話の電磁波が男性の生殖能を低下させるという実験結果だ。健常者23人と不妊患者9人から取り出した精子を2群に分け、一方に携帯電話の電磁波を1時間暴露した。電磁波を暴露した方としない方を比較検討した結果、電磁波暴露群ではDNA損傷に違いはなかったが、運動能と生存率は明らかに低下し、活性酸素種レベルは増加したらしい。簡単に言うと、何か遺伝的なダメージが起こると言うことは考えられないが、妊娠しにくくなると言うことだ。ただでさえ、妊娠しにくいカップルの割合が増えているのだから、ゆゆしき問題には思えるのだが、電磁波自身は痛くも痒くもないから事の重大さを理解することはかなり難しいだろう。  科学でも政治でも経済でも、当然と言えば当然だが、擁護派と批判派に別れる。どちらを選択するかは個人の自由だが、おおむね僕は批判派に立脚点を置く癖がある。僕の性格は大胆にはほど遠いが繊細でもない。結構いい加減なところも多いのだが、生命に関するところはかなりナーバスだ。政治も経済もそこに立ち入ってくる場合は科学と同じように自然と身構えてしまう。  携帯電話を通信可能な状態にしてズボンのポケットに入れておくことは避けた方がいいと研究機関では警告を発していたが、ではそれを頭の近くに持ってきてもいいのか。心臓はどうなのだろう。薬局の中でパソコンを使うと、FM放送に雑音が入る。数メートル離れているのに。これと同じものが朝から晩まで、僕の体の中に入ってきているとすれば恐ろしい。ラジオのようにノイズで知らせてくれればまだわかりやすいが、僕の身体はノイズを出せない。でも何かで訴えてくれているのかもしれない。体調不良と言う形で。幸い、僕は携帯電話が必要な職業でもないし私生活でもないから、まるで装飾品のように身につけ続けている人達に比べれば暴露される電磁波は少ないかもしれないが、電磁波は携帯電話だけではない。良くは分からないが恐らく僕らは電磁波の網の中で暮らしているようなものなのだろう。人間様が致命的なダメージを年余に渡って受けないことを、特にこれからこの世に出てくる人達が、せめて生命力に溢れた人間であることを願うばかりだ。  拝金主義が世界を席巻して、物事のブレーキまでが経済や損得で踏まれる。最期の砦は人の心の中にあるものなのだが、現代はそれが一番危うい。もうとっくに心の中にまで電磁波は届いているのかもしれない。