景品

 滋賀県ナンバーから降り立った女性が、ルルを買いに入ってきた。田舎の薬局が珍しいのか、視線を四方に走らせていた。見つけたのが、かごに盛られているパンの袋だ。美味しそうなパンを4個ずつ袋に入れてかごの中に数個並べていた。その回りにはアザレアの鉢が10数個、又その隣には文房具セットやトートバックなどが並べられている。女性が美味しそうなパンですねと言って袋を一つ取りカウンターに持ってきた。いくらですかと尋ねるから、売り物ではないと答え、テーブルの上に陳列していた理由を話した。  薬局はそもそも病気などのトラブルを抱えている人が来るところだから、基本的にはマイナーな所だ。その雰囲気を少しでも緩和したくて、毎月1週間だけちょっとしたお遊びをしている。くじ引きをして童心に帰ってもらうことにしている。テーブルの上に一見華やかに並んでいたのは、それらの景品なのだ。薬を買うために入ってきた女性の目に留まるのもうなずける。その一角だけが情けないけれど華やかなのだから。  女性は無類のパン好きらしく、どうしてもそのパンが欲しいという。我が家が、今はまっているパン屋さんのものなのだが、自称無類のパン好きの人に何が訴えているのか、その女性はあきらめない。袋の外から見ただけで何か感じるところがあるのだろうか。僕は根負けして、どうしても欲しいのなら売ってあげようかと提案すると、女性はとても喜んだ。いくらですかと尋ねられても僕には分からないから300円と適当に言うと、それも又喜ばれた。きっともう少し高いのだろう。  とってつけたお世辞のようには聞こえなかったが「いい薬局ですね」と誉めてくれた。パンを売ってあげたからいい薬局と言ってくれたのかもしれないが、本当は何か相談に来て、薬を作ってから言って欲しかった。ルルならドラッグストアーで十分だ。  今日はほのかな甘い香りが薬局の中に漂っていた。いつもなら漢方薬の独特の匂いで覆われている空間があか抜けたようだ。選択する職業で囲まれるものが全く違う。その中にどっぷりと浸かって、居心地の悪さを感じない僕は余程マイナーに出来ているのだろうか。