開口一番

 普通、薬局に来たら、まず症状を言って薬を所望するものだが、この女性は開口一番「○○さんを知っています?」と言った。強烈な挨拶に面食らったので一瞬誰のことかわからなかったが、その様子を見て「高山の」と教えてくれたからすぐに分かった。 その女性にも言ったが、知っているどころではない、5年間、寝るとき以外は一緒にいたくらいの付き合いだ。1級上だったが、途中で僕が追いつき同級生になり、でも結局は彼が先輩で卒業した。青春期に強烈に僕に影響を与えた人で、恐らく今でも僕も先輩も同じ価値観だと思う。10年に一度くらいしか会えないが、1秒もあれば青春期と同じ付き合いができる人だ。  その女性は関東の出身らしいが縁あって先輩と知り合った。震災の後、瀬戸内市に引っ越してきたらしい。元気だから薬局と縁がなかったのだろうが、その後の会話で、Aさん知っています?Bさん知っています?と幾人かの名前が挙げられたのだが、ことごとく僕が知っている人だった。おまけに、テーブルの上に置かれている本を見つけて、どうしてその本があるのかも尋ねられた。  最終的に漢方薬を持って帰ったのだが、薬局にいる間の会話のほとんどは○○さんから始まって、Aさん,Bさん、Cさんのことで費やされた。僕は名前が次から次へと挙がってくる人が僕とその女性の共通の知人であることに驚いた。ミュージシャン、芸術家、カフェのオーナーなどだが、何色にも染まっていない単なる仕事人間の僕が、どう見ても堅気でない面々と、ついでに本まで繋がるのだから、僕の価値観に大いなる影響を及ぼした先輩もしてやったりだろう。  類は友を呼ぶと言うが、僕も彼らと同類なのだろうかと鏡を見ながら、あふれ出る知性と品に明らかな差を感じた。見知らぬ若い女性が突然尋ねてきて、30年も前に僕を引き戻す。目に浮かぶ光景も山深い高山の街だった。自発的に、又強いられて、人が流れるように至る所で暮らす。戦後長い時間をかけて多くの自由と豊かさを手にしたが、それを又奪われそうになっている。「失ってみて初めて気がつく」では償えないほどの不幸が柱の影からこちらを覗いている。