もんで

 恰幅のいい男性が薬局に入って来るなり「覚えていますか?」と言う。全然覚えていないから、「さあ」と愛想もなく答えてしまったが、よく見ると、つい最近ある政党を離党した渡辺なんとかという国会議員そっくりだった。冗談にそう言おうかと思ったが、先に向こうが説明してくれた。  去年2回花粉症の薬を僕からもらったそうだ。2回顔を合わせていることになるが思い出せない。調剤室から出された薬が眠くならずに良く効いたから又それが欲しくてやってきたと言う。花粉症になって45年と言ったから、時代の先端を行っていたんですねなどととりとめのないことを話していると、語尾にやたら「~したもんで」とつく。「もんで」「もんで」の行列だ。その韻は嘗て青春時代よく耳にしていたものに似ていたから、あてずっぽで「お宅は中部地方の方ですか?」と尋ねたら、びっくりしたような顔をして「長野です」と答えた。僕は岐阜をイメージしていたのだが、隣の長野県も同じような韻を踏むのかと心の中でちょっとした発見を喜んだ。  その男性を見て、又その韻を聞いて、岐阜にいる先輩のことを思いだした。と言うより、離党した渡辺なんとかをテレビで見るたびにあまりによく似ているので先輩を思い出すのだが、今日は音声付きだったから、リアルだった。外で人を待たせていた彼とにこやかに長話が出来たのは、実はそうした理由からかも知れない。似た顔をした人は性格まで似ているのかなと思えるような気の合いそうな人だった。わざわざ長野から鼻炎の薬を取りに来るのではなく、鼻炎の季節に牛窓に用事があるのだろう。メタボなお腹にスーツのボタンが用をなしていなかったが、まさか応対した薬剤師がこんなことを感じていただなんて考えもしなかったろう。一瞬の出会いが時間も空間も飛び越える。