共犯

 僕が母に散髪をしてもらっていた時の事件だからもう60年以上前のことだ。そのことを思い出したのは、正に当時散髪をしてもらっていた人が、処方箋を持ってくるようになったからだ。
 僕の家から4軒目が散髪屋さんだった。当時、そのお店で散髪をしてもらっていたが、何故だろう、ある夜薬局を閉めた後、店のテーブルに鏡を置き、母が散発をしてくれた。そこにある方が戸を叩き薬を買いに来た。その人こそが散髪屋さんのお嬢さん。お嬢さんと言っても当時すでにお店を手伝っていたと思う。
 子供心にも何か罪悪感みたいなものを感じたが、母も同じだったのではないか。もろ倹約の当事者が現れたのだから。さすがに母がどう行動したかは分からないが、帰ってから苦笑いをしていたのを覚えている。恐らく後ろめたさはあったのだろう。
 当時どこの家も貧しかったから、倹約を試みたのだろう。余裕なんてない時代だったから、今ほど裏切り感はなかったかもしれないが、若干の後ろめたさはあったと思う。なぜなら母に散髪をしてもらった記憶はそのとき以外にはない。
 このことも含めて、歓迎できない出来事しか覚えていない。楽しかったことなど思い出しもしない。人間は生きていくために精一杯なのかもしれない。
 それ以後、世の中は着実に豊かになっていった筈なのに、やはり記憶にあるのは、失敗や嫌悪や失望ばかりだ。ただしその方が、世を去る時に未練たらたらで苦しまないのかもしれない。もっとも僕の周りにはそんな人が一人もいないので、想像の域は出ないが。
 60年前の、母と僕との共犯。

 

自民党&維新の人気が下がる意外な理由。馬場もアホだが自民もダメ。マスコミが遂に円安の恐ろしさを報道し始めた。安冨歩元東京大学教授。一月万冊 - YouTube