ボロ服

 気がついたら目の前にビルのような鉄のかたまりが迫ってきたら怖いだろうな。だんだんと氷河のような鉄のかたまりが迫ってきたら恐ろしいだろうな。痛かったのだろうか、窒息して苦しかったのだろうか。冬の夜の海、自分の下は1000メートルあるのかな。怖かっただろうな。  言葉が下手な漁師が良くしゃべってくれたな。負けないようにしゃべってくれたな。余程悔しかったのだろうな。いつもはホラ話に花を咲かせていたに違いないが、いい顔をしていたな。この国の倫理を支えているいい顔をしていたな。数学も英語も得意ではないかもしれないが、嘘をつかないいい顔をしていたな。  日に焼けたらしわくちゃな顔になるな。なまり言葉でわかりにくかったが、おばちゃんの言葉にもらい泣きしたよ。みんな同じ人間のはずだよな。何で人間を分けるんだろうな。いさぎよさなんてどこに行ったんだろうな。ホームレスを愛した青年はどこに行ったんだろうな。人間らしく生きるにはボロ服1枚あれば十分だよな。