懸念

 妻が良く面倒を見てあげている老人がやってきた。調剤室から僕は二人のやり取りを聞くとはなしに聞いていた。耳が少し遠い老人は大きな声でいつも話すし、妻もそれに応えて大きな声で話している。僕は話の内容や、老人のいつもとは異る話しぶりに、驚いて、妻にこそっとメモを渡した。「死ぬ覚悟をしているのかもしれない」と。妻はそのメモを見て驚いた様子で、とたんに老人をひきとめるような話題に転じた。そして出来るだけ明るい話題を見つけ会話に誘導していた。入ってくるなり、色々世話になったとか、愛犬のことなどを話していたが、いつになく帰りを急いでいたから。しばらく、帰る、帰さないの問答をしていたが、落ち着いたので家まで送っていったらしい。涙で目を赤くして妻は帰ってきたが、死ぬなんてそぶりは全然ないよといっていた。僕の完全な思いこみなのだそうだ。  僕は、薬局人生で3人自死を経験している。具体的には述べられないが、未熟な僕は結局誰も助けることは出来なかった。熟練した医療人だったら決して見逃さないサインだったのに、若い僕はどれも見逃していた。田舎の薬局は物の売買だけで終わらないので、人間関係は自ずと築かれる。それなのに見逃してしまった。決して忘れることは出来ず、折に触れて思い出す。もうこれ以上同じような人を出すのは嫌だ。今日の老人が単なる懸念ならいいが、いつになく元気だったのが気になる。お嬢さんが明日やってきてくれるそうだが、老人にも是非明日がやってきて欲しい。