要望

 特別養護老人フォームに調剤した薬を60人分届けて、娘が帰ってきて開口一番に言ったことは、「もっと話してみたかった」だった。痴呆の方や、体の自由を失った方が入所される場所だが、そこにはまだ人権は十分あり、とにかく世話をする若者達がとても生き生きと働いていた。2度しか訪ねたことがない僕だが、その光景に裏切られたことは無い。  あの若者達が一体なにの肩書を持って働いているのか知らない。おそらく僕なんかが知らない新しい資格がいっぱいあるのだろう。機敏な動き、語りかける言葉の優しさ、微笑み、根っからのものか、職業的なものか僕は知らない。あのスタッフたちに負けないように、貢献するように娘には頼んだ。薬剤師だから関われることも多いだろう。  前の薬剤師が、時々入所されている老人の真似をして僕に病状を説明した。それ以外に僕に理解させる手段を持っていなかったのか、或いは単なる無神経なのか今になっては分からないが、それはしてはいけないことだと思っている。当時からその仕草の真似を見る度に不愉快だった。若者の懸命に取り組んでいる姿を見る度に、悔まれてならない。倍も生きてきた人間がすることではない。あの姿は、近い将来の僕達の姿に他ならないし、ついこの前の両親、祖父母の姿そのものなのだ。  白いキャンパスに何を描いていこうとするのか、若者達の色の選択や筆の選択に未来はかかっている。汚れる前に汚れないで欲しい。朽ちる前に朽ちないで欲しい。それは、心底汚れ朽ち果てた僕ら大人達からの身勝手極まりない要望なのだ。