価値観

 栄町ヤマト薬局では、牛窓にある「あじさいの丘」と言う、特別養護老人ホームの入所者の薬を作らせていただいている。100人くらいの入所者なので、毎週薬を作るのは大変な作業だ。医療スタッフとの協調が欠かせないので、医師の診察に同行して情報を共有するようにしている。僕は2週間前はじめてそこを訪れたのだが、若いスタッフの活気と笑顔に圧倒された。大手介護施設での不法が大きく報道された後だったので、その負の印象との落差に驚いたものだ。  今日から娘が担当することになった。初めてなので僕もついていって、事務方や看護師さん達に紹介した。はじめに事務室に入り娘を紹介したのだが、2人の若い男性職員が、目を点にして娘を見ていた。娘も緊張しているのでお互いに会話にならなかったから、僕が間に入り、豊岡名物の土産を受け取っていただいた。 2階に上がると、丁度お医者さんが入所者を診ていて、看護師さんも偶然4人そろっていた。娘を紹介したのだが、4人とも僕が見た事もないくらいの優しい笑みを浮かべ(薬の用事で薬局には来られる)大歓迎してくれた。最初からこんなに受け入れてもらえるのかと、とてもありがたかった。安心して僕はすぐに帰ったのだが、任務を果たして帰った娘は、開口一番「楽しかった」と言っていた。とても気さくな先生と、楽しい婦長さん、そして途中で出会い名刺まで渡してくれたスタッフの方々のお蔭らしい。「入所者の為になることなら何でも言って下さい」これが僕と娘のスタンスだ。勉強して尽くすこと。あじさいの丘の中でもこれに徹しようと二人で話し合った。  娘が過敏性腸症候群にかかり帰ってきた日を僕は忘れない。二人で懸命に戦った日々を忘れない。それらの日々は今日ここにある為の試金石だと思っている。あの日々を越えなければ、娘も単に薬を作るだけの薬剤師で終わっただろう。娘は自分で薬を選択し、患者さんが治る手助けをしたくて帰ってきた。今全国の多くの過敏性腸症候群の方と僕は連絡を取り合っているが、その方々に言いたい。「あきらめないで、過敏性腸症候群は治らないものではない、あなたの人生をおなかごときであきらめないで。苦しみの中から得られた価値観は、健康な人などでは決して手にすることの出来ない価値観だ。是非その価値観を大切に、自分のためだけでなく人のためにも生きていって欲しい」と。