荒らし

 町はざわつき、その後息をのむ。数年前の台風のトラウマから、顔を見合せば「台風はどう?」。誰もが天気予報を詳細に見ていて、よく知っているくせに、少しでもいい情報に飛びつきたいから、安心を求めて口にする。本当は、耐えなければならない事はよく知っている。なぜかしらこの辺りに台風がやってくるのは夜が圧倒的に多いから、恐怖心も倍増する。どの家も等しく風に吹かれ雨に打たれているのに、自分の家だけが襲われているかのように感じてしまう。同じ事が明るい時に起こっているならなにでもないことでも暗闇だと恐怖心が煽られる。  海辺の町や山間部の台風への意識は都会とはかなり異なる。息をのんでいる光景は、都会では伝わらない。台風は恐ろしいものなのだ。財産を持っていかれる恐ろしいものなのだ。新潟で続いている地震ほどではないが、命まで奪う恐ろしいものなのだ。  涙を見た。台風が接近して、強い風が吹いている中を自転車をこいで帰っていった。日本に留まることを決心したのは、僕に会ったかららしい。この田舎町で、快く日本語を教えてくれる人が居なければ、11月には失意の内に帰る予定だったらしい。荒らしは木々を揺らし、波を防波堤のはるか上に飛ばすが、心に吹く荒らしは、天井を見上げ、じっと涙を我慢する外国から来た女性の痩せた手を震わせる。