一口

 牛窓は山と海に挟まれたような狭い港町で、農家の人は主に野菜を作っている。畑は多いが田んぼは少ない。農家の人だってこの辺りでは米を買っているのではないかと思う。  田舎の百姓や漁師に鍛えられたからかどうか分からないが、実は僕は膝の痛みとか腰痛、ヘルニアなどを得意としている。1日何人か必ずその種の薬を作る。訓練されたお蔭で結構良く効く。クチコミで痛みの患者さんが増え、商圏は広がり遠く田所からの来客が多い。  その為に今年はやたら田植えの話が多い。ここ辺りの方との会話で田植えの話題が出るようなことはまずない。僕の祖母の家が百姓だったので田植え、いやいや農作業について全く知らないわけではない。しかし、この年になって現役のお百姓からリアルタイムに田植えの作業について教えてもらうのはなかなか興味深い。百姓の年令が上がっている為に現役百姓は恐らく70歳をほとんどの方が超えていると思う。老齢に鞭打って田んぼを守るから自ずとあちこちが痛くなる。健康な人なんか一人もいない。O脚に曲がった膝を引きづりぬかるんだ田んぼの中を動くのはかなり負担らしい。おまけに湿度が高く疲労もかなりのものらしい。 コンビニで買うおにぎりは、シャツの中まで染み込んだ汗が作ったものだ。レストランで輝くライスは膝が痛くて夜目が覚める人が作ったものだ。残されて捨てられる米は、子や孫が都会に出ていってさみしく寡黙に暮らしている老人が育てたものだ。一口噛めば父や母を想い、2口噛めば祖父母を想い。3口噛めば喧嘩した兄弟を想う。4口噛めば水をはった田んぼが浮かび、5口噛めば都会の喧騒に帰る。どんなにITを駆使し、どんなに金を稼いでも、昼食1つ自分の手では作れない。多くの年老いた百姓の汗や痛みが育てたものに勝てやしない。6口噛めば謙遜を学び、7口噛めば政治の横暴の味がする。