同類

 「人に喜ばれているんだからいいではないですか」さりげなくその人は口に出した。定年で医療の現場を離れた人だから、僕に言っているのか自分に言い聞かせているのか分からないような話しぶりだった。  ほとんど歩けなかった状態だったから2日ほど2階で横になっていた。痛みだけだから、横になっていたからと言って、眠れるものではない。手持ちぶさたの上に、階下での物音が気になって仕方がない。若い2人に任せておけばいいとは分かっているが、僕から仕事を取ったら何も残らないのではないかと、仕事以外で生き甲斐を見つけることなんか難しいのではないかと布団の中で思った。自分でも仕事が好きなのだと再確認した2日間だった。 今何をしているんですと尋ねたら、百姓をしていると言った。農家の出だから帰るところがあったのだろうが、土地を守るという概念は意外と多くのお百姓さんには強くあって、勤めを辞めてから田畑を守る人は多い。自分の代で財産を減らすことに対しての抵抗は強いみたいだ。僕だったら、全部売り払って賭け事に費やしてしまいそうだが、それは持っていない人の発想で、実際に持っている人は結構堅実だ。  長い間、多くの人を治してきた人が、ある日を境にもくもくと農地に向き合う仕事が出来るのかと思っていたが、復活の言葉はついぞ出なかった。こんなに未練もなく、区切りがつけられるのかと羨ましくもあるが、定年のない自営業者は、いつかは自発的な決断をしなければならない。色々な招かれざる出来事が襲ってくるから、気持ちが右に左に大きく揺れるが、何もしないことに耐えられる自分でないことは分かっている。体力の保証はとうになくなっているみたいだから、柳のようにしなやかに暮らせたら、もう少しは役に立てるのかなと思う。このところの不調を経験して、ストレスがいくら降りかかってもしなやかに対処できる漢方薬を作ってみたいと思った。僕自身のため、多くの同類のために。