有銭無罪 無銭有罪

 飢えて寒かったから、ついおにぎりを盗んでしまった。この瞬間を凌げればいいと思った。もう何回もやってしまった。人を傷つけるのは苦手だから、暴力は振るわないし、脅しもしない。いつ捕まるのかと怯えながら、痙攣する食道を鵜のように上下させた。食べたかったから盗んだけれど、食べた気はしなかった。捕まって刑務所に入り出所しても又刑務所のような世間だった。  この男は悪人なのだろうか。悪意に満ちた人間なのだろうか。僕にはそうは思えない。人を傷つけている人間は万といる。直接暴力を振るう輩もいるし、言葉で切り刻む人間もいる。お金を武器にする人間もいるし、地位を悪用する人間もいる。究極は政治を私的に悪用する人間だっている。何万人を騙しても、ヒーローのようにマスコミにもてはやされる人間もいるし、地方都市の財政を遥かに上回るような財力を傘に、人を蔑視するような言葉を連発する人種もいる。彼ら大きな悪をなすものは、刑務所からもいとも簡単に出てくるし、そもそもなかなか捕まらない。有名税よろしく、又それで醜く太る。  有銭無罪、無銭有罪。日常、僕達は皮膚感覚で知っている。法律が平等ではないことを。僕達は、何の下で平等を約束されているのだろうか。智恵のない不器用な人達は智恵を使い、智恵のある器用な人達は体を使う。お互いが満足できる関係は築かれていない。強いもの達が弱い者達を利用する構図は絶えた事はない。