最寄り

 今年に入ってから時々訪ねてきてくれる青年がいる。風邪薬を数回取りに来てくれたと思うのだが、こちらが何も尋ねないのに彼が僕の薬局に来るようになった理由を教えてくれた。2つ彼にはこだわりがあり、風邪くらいなことで医者に抗生物質を出されるのがいやなのだそうだ。これには僕も同感だ。日本の医者くらいだろうごく普通の風邪の患者さんにも抗生物質を出して、あげく耐性菌の繁殖を助けているのは。その結果、又新たな抗生物質が必要になってしまい、無駄な開発費が費やされる。その点大きな病院の医者は違う。風邪の理屈が良く分かっているのか、無駄な医療費を節約しようと思っているのか、とても簡単な薬ですませる。二つ目は、効く薬が欲しいからドラッグストアには行かないらしい。ここなら症状を言うだけで一番いい薬を出してくれるからと言ってくれた。 何か特別のことをしているわけではない。昔から同じことをしているだけだ。やって来てくれた人に困っている症状を尋ね、それを解決する一番よい方法を模索しているだけだ。長い年月同じことをくり返していると事例が一杯増えたので、効く確率は当初よりずいぶんと上がったと思う。薬剤師なら誰にでも出来ることだ。医者ほど高級なことは出来ないが、逆に医者が相手に出来ないレベルのものが得意になるから、互換関係にはなっているだろう。  牛窓から岡山まで出るのに40分くらいかかる。その間に僕の薬局みたいな形態のものをついぞ見かけなくなった。又一つ又一つと店をたたんでいった。需要がなかったのか、需要を喚起できなかったのか知らないが、はるかに僕の薬局なんかよりは立地に恵まれている薬局ばかりだった。ドラッグストアに負けたのか、医院に負けたのか、調剤薬局に負けたのか、自分に負けたのか、パチンコに負けたのか(これは僕だ)知らないが、消えたらその町の住民が困るほどの存在感はなかったのだと思う。 どこから訪ねてきてくれるのか知らないが、わざわざごくありふれたトラブルを改善するために来てくれる、そんな最寄り性も僕は好きだ。