表情

 その表情で「変化がない」とは言わせない。
 2週間前にご主人に無理やり連れてこられた高齢女性が、2週間ぶりに漢方薬を取りに来た。煎じ薬を飲んでいたご主人に悪態をついていたくらいだから、持って帰った煎じ薬を飲んでくれるかどうか不安だった。
 ただ2週間前に問診をした時に、「数年来の頭の中の靄が晴れた」と言ってくれていたから少しは期待していたのだが、案の定「どうでした?」と尋ねた僕に「変化がない」と答えた。ただし、煎じ薬は抵抗なく飲めたらしい。
 そこでその顔。嘘は付けないよと言いたいくらい別人の顔をしていた。2週間前は、全く無表情で、僕の質問にも当然のようにご主人が答えていた。途中から無視して、ご主人の方を一切見ないようにして問い続けたら心を開いてくれて、靄発言を勝ち取ったのだ。
 表情から僕はかなり調子がよくなったと気がついていた。だからカルテに書いていた「朝起きれない」「焦燥感で部屋の中を動き回る」の現況を尋ねてみた。するとどちらもこの2週間なくなったみたいだ。あとは「やる気が出るようになったらうれしい」そうで、それも時間の問題のような気がした。傍に腰かけていたご主人も今日はニコニコして、口をほとんど挟まなかった。
 そこで僕はやる気ムンムンを如何に出してもらおうかと考えた。そもそもやりたいことがあるのか、このうつ病(病院の診断名)になる数年前までやっていたことがあるのかを尋ねると、どちらもないのだ。高齢の夫婦が1日中顔を見合わせていたら、それこそウツウツするに決まっている。
 こんな時に僕がお勧めするのがパチンコ。「奥さんパチンコにでも行ったら!」と言いながら昔取った杵柄を思い出し、身体を傾け、バネをはじく真似をしたらえらい受けて「そんなところには行きませんよ」と大笑い
 そこで引き下がったら、この奥さんの回復を早めることが出来ないから次なる助言をした。「奥さん、そんなにパレスチナのことが心配なら、ガザに行ってライフル撃ちまくったら」と高尚な話題に変えた。もうこうなると付いてこれないみたいで、何も言わずに笑っていた。
 格調高い僕の相談薬局はいつもこのような話ばかりで、陰とか陽とかは出てこない。そもそも僕が分かっていないのだから出て来てきようがない。ただ、僕の非力を笑いが助けてくれて、漢方で言う気が巡るのか、数年間精神病薬を飲んでいた人でもわずか2週間でこんなに変わる。と言うか本当に心の病気だったのかと疑いたくなる。 
 今は亡き僕の漢方の師も、思えば講義の間ずっと笑顔にさせてくれていた。関西の先生で笑いが当然のように溢れていて、陰も湿も虚も寒も30数年一度も出てこなかった。もしそのような単語が乱舞する講義だったら、僕はすぐに脱落し、歌って踊れる薬剤師を目指していただろう。

トンデモ?本気?竹中平蔵の経済学。日本人は劣化した!自分が大臣の頃は良かった。失われた30年なんてない!竹中さんそこまで言っていいの?安冨歩東大教授。一月万冊 - YouTube