通報

 引き返せば何でもないことだが、ここまで来て引き返すのはもったいないので、フェンスを支えているコンクリートの上をフェンスに掴まりながら進むことにした。雨上がりで使ってはなかったが傘を持っていたので、若干の不自由さはあるが、別に落ちたら死ぬような高さでもないので、まるで映画の一シーンのようにカニのように横歩きを始めた。
 ところが自分のイメージ通りに進まない。持っている傘のハンディーはあるが、秒速何センチの世界だ。僅か数メートル進んだところで早々に諦めた。何たる体力の衰え、それと気力の衰え。「こりゃあ何があっても生き延びれない」と悟った。
 それでも姑息な僕は、県道までは引き返さずに運動場を横切って、これまたそれなりに近道をすることにした。運動場の隅に外部との出入りが出来るフェンスがあることを知っていたので、そこから出ようとしたのだ。フェンスには水平に動かすカギがあるが、それを外して外に出て、金網越しに何とか鍵を逆に動かし元通りにした。
 たった、数百メートル離れている息子の家までたどり着くのに苦労した。オーソドックスに県道を歩いて行けばよかったのに。
 ほっとしてフェンスの鍵を閉めてから振り向くと、見ず知らずの男性が小さな犬を連れて僕の方を見ていた。朝の散歩だったのだろう。彼から見れば僕は不審者そのもの。
 言い訳をするのもおかしいから、何食わぬ顔をして駐車場に行き息子の車に乗り込んでそのまま車を発進させた。偶然散歩中の男性も同じマンションだったのだろう、僕と同じように駐車場に入ってきた。
 都会なら通報ものの朝の風景だった。

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