下位

 過敏性腸症候群の女性が訪ねてきてくれた。前日お医者さんにかかったそうで、抗うつ剤を処方されていた。丁度忙しい時間帯と重なって、何度かほかの方の相談に乗ったり漢方薬を作ったりで中断したが、2時間くらい滞在していたと思う。
 初めて来てもらったから雑談はさすがにできなかったが、多くの問診をさせてもらい、僕の考えも少しだけ伝えることが出来た。お医者さんに頂いた薬の名前を彼女が忘れていたので、今日メールで教えてくれた。そのメールに対しての僕の返信を下段に載せた。
 僕は所詮薬剤師で、医療の世界では当然お医者さんに比べたら下位に属する。でも、2千数百人の過敏性腸症候群の方と結構濃密な会話をし続けてきたから、抗うつ剤などのアプローチに疑問と抵抗を持っている。第九を聴いて、音楽評論家みたいに理論的なコメントは出せないが、喜びは表現できる。医療がそうあってはいけないのだろうか。抗うつ剤で支配するより、ともに喜び合えるような処方は選択肢にあげられないのだろうか。
 受験に敗れ薬剤師になったが、その境遇と過敏性腸症候群の方の境遇が共鳴してはいけないのだろうか。その中に理不尽なトラブルからの脱出方法を見つけてはいけないのだろうか。

 「昨日実際に会えてよかったです。教えてくれた薬を出された先生のような印象は全くありません。僕は持って生まれた優しさとか繊細さが自分に向かってきているだけだと思います。あなたはきっと多くの人が、懸命に生きていく砂漠の中で、のどの渇きをいやしてくれるオアシスのような存在だと思います。僕はあなたの個性が導くまま、心穏やかにこれからの人生を生きていったらいいと思います。多くの功績を残す人も時には必要なのかもしれませんが、あなたのようにさわやかな音を残して砂浜に消えていく波も必要なのです。荒々しく巨岩を削ることもなく、砂浜に暮らす小動物を養う人なのです。灼熱の太陽を恨めしく見上げる砂漠の上にも、怒り狂う大波に翻弄される海にも、あなたは必要です。あなたが自分の立ち位置を見つけられたら、どんなに素敵な人生になるでしょう。ほとんどの方がそうして生きていくのです。僕は職業柄多くのあなたのような方と知り合うことが出来ました。思い惑う人たちのオアシスに僕はなれませんでしたが、小鳥たちが時に降り立つ水たまりくらいにはなれたかな。
ヤマト薬局

 

06 教訓1 【加川 良】 - YouTube