堀潤

 彼は新人の時にNHKの岡山放送局に配属されていた。ローカルニュースを担当していたが、テレビで顔を見る度に「息子に似ているなあ」と夫婦で何度も口にしていたものだ。顔の造作の一つ一つがとても似ているから、雰囲気など推して知るべしだ。
 息子は中学を出てからほとんど家に帰らなかったから、1年のうち数時間しか顔を見ていない。その分彼を通して息子に会っているような疑似体験をしていたのだろう。仕事ばかりの親と、ふだん別に親の存在を必要としない息子のバランスを彼が担ってくれていた。
 そのうち多くの新人がそうであるように、彼は東京に転勤した。今度は全国ニュースで見るようになったが、彼が歳を重ねて少しずつ変化するのと同ように、息子も年齢を重ね、以前と同じように似たままだった。だから依然、彼の存在は特別だった。
 福島の原発事故があり、彼がそのことを批判したみたいで、NHKを辞めたことを知った。それまでは何か事故があると彼がすぐ現場に駆け付け、現場からニュースを伝える役割をしていたのに、そしてすごく好評だったのに、ある日突然テレビから消えた。勝手な思い入れで応援していたが、権力に媚びるNHKをその時から嫌悪するようになった。
 その後彼がアメリカに留学したニュースを見たが、次第に僕の頭の中に現れる回数は減った。ただ、ユーチューブなどで活躍していることを知ったが、そのレベルでは気の毒に思っていた。
 ところが最近、テレビで彼の顔を見た。それも保守色の強いテレビ局の番組で。意外だった。もっと進歩的な局、そんなものはないが、比較的進歩的な局、それもないか。ちょっとだけまともな局で復活するならまだ理解できるが、汚部によいしょしまくり局の番組に出てくるとは。この局も実は汚部のアホさには付いていけていなかったのか、よく彼を出演させたなと思った。
 何はともあれ、彼が能力を発揮できる場所が与えられたのは喜ばしいことだ。NHKを退社してからの勉強が生きたのだろう。人が生きていく手段に干渉することはできないが、願わくば正義だけは忘れないで。ただ似ていると言う単純な理由でも応援しているのだから。人の情って頼りなくて切ないものだ。

 

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