不思議。 一晩寝たらもうほとんど頭の中に存在しなくて、思い出と言う箱にそっとしまっておけるのに、目の前でサヨナラと言うのはどうしてこんなに辛いのだろう。男は人前で涙を流したらいけないと教育されてきたから、懸命に涙をこらえてしまう。まるで業をしているみたいだ。もし別れの瞬間に涙を流して泣くことが出来たら、こんなにも別れが辛いものにはなっていないかもしれない。別れる辛さより、涙を我慢する方が辛い、まるで本末転倒の寸劇を20年間繰り返してきた。
 100回、200回と回数を重ねてきたが、今だ20年前の初めての別れと同じ辛さを味わっている。毎回別れる相手が同じではないから慣れることはない。
 今日も3人と別れを告げた。コロナのせいで4年間日本で働いていた女性たちだ。口をそろえて僕と知り合えたことが一番日本で来てよかったことと言ってくれるが、その何倍も僕は「日本に来てくれてありがとう。お父さんの前に現れてくれてありがとう」と繰り返す。純朴と底なしの明るさで接してくれる日々が、僕に幸せホルモンを運んでこないわけがない。少しの不調で何とか現役の薬剤師として過ごすことが出来ている理由の大きな割合を彼女たちに負っている。
 恐らく日本に働きに来る価値がこれからますます落ちてくるから、いつまでもこうした関係は続かないだろう。選抜されて日本に働きに来ていた人たちと出会えて一緒に行動出来たことを幸せに思う。峠を登る若者と、峠を向こうに下る初老の人間が交差する不思議な時空だ。

 

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