縄張り

 僕が朝のウォーキングを始めた頃にはその方もすでに日課にされていたから少なくとも20年選手だろう。
 僕が主に縄張りにしていたのは中学校のテニスコートだったが、彼は毎朝、県道を帰って来る。以前は偶然県道を挟んで会うことがあったが、今は結構な確率で会い、挨拶を交わす。
 と言うのは、僕が今歩いているのはドッグランの駐車場で、彼の家と細い水路を挟んで向かい合っている。だからウォーキングから帰ってくる彼と僕はほとんどの確率で出会うことになった。
 会う回数が増えるに従って、短い会話をするようになった。元々嫌な感じの全くない男性だから敷居は低く、町の共同作業では話しかけたりしていた。隣り合わせになったよしみで、話の内容も少しずつ変わってきた。
 「〇〇さん、毎朝何処まで歩きに行っているの?」とかなりプライバシーに関する内容を含む質問もできだした。僕が起きた頃返って来るのだから、ひょっとしたらまだ薄暗い時間帯から歩きに出ているはずだ。そうだとしたら途中でイノシシに遭遇したりする可能性もある。勇気があるなあと言うことを言いたかったのだが、たしかに勇気がある。「オリーブ園の途中まで歩いて上がる」と答えたから。「道は広いの?」と尋ねると「いいや、細い道しかない」と言いながら肩幅より少し広めの道幅を仕草で教えてくれた。それならマムシが出ても気が付かないかもしれない。それこそ「度胸があるなあ!」と感嘆の言葉を誘う。
 「その帰り道に加〇さんが住んでいた古い家があるんじゃけれど、それを毎日見ている」と言った。毎日空気を入れ替えているらしい。確かにそうしないとすぐに朽ちて、近所に迷惑をかけるから、良い心がけだと思う。そんなことがそもそも出来そうな人だ。
 ところがその加〇さんが、正に父の親友だったのだ。だから僕が幼いころなどしばしば家で見かけていた。絵が上手なことで有名だったが、たしなむ程度の父とはおそらく同級生でもあったのだと思う。もう何十年も前に僕の頭から消えていた人物が、突如として蘇った。僕の父との関係や僕の幼い時の記憶を話すと、一気に距離が縮まった。
 挨拶に毛が生えたくらいの話題で、突如として関係が深くなる。田舎ならではのことだが、60年近い時空を一瞬に飛び越えるとは思わなかった。

 

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