正攻法

 ある時は御白州の茣蓙の上で正座させられた極悪人。ある時はイスラム寺院で両手を伸ばし額ずくムスリム。ある時は片膝ついて啖呵を切る渡世人
 今日は分刻みでその3者の姿勢を真似る。早朝からの稲光、それと同時の強い雨。早く布団から離れたい衝動に駆られる。雨上がりの最高のコンディションに期待が膨らむ。おそらく夕方には天気も回復し、草抜きには最高の土の状態になるだろう。
 仕事を終えてから小1時間、待望の草抜きに行ってきた。期待通りに地面は程よい水分を含み、ふだんはコンクリートのように硬くなるのに、今日は弾力さえ感じる。体重をかけて後ろに倒れるような必要もなく、簡単に根こそぎ抜けていく。根から離れない土を落としながら進むが、ふだんの数倍の速さで草が抜ける。大きなものは直径が30cmもある。そんなのが根こそぎ簡単に抜けると、地面が次第に顔をのぞかせる。10分もすれば1メートル四方から草がなくなる。
 腰や背筋を心配しながらだから、続けて作業をするのは無理だ。ストレッチと草抜き作業を交互にしなければならないから、実働は30分くらいだと思うが、達成感はある。抜いた草を集めると小山になる。
 草たちの生命力に翻弄されながらも、彼らの前に降参したくはない。除草剤を使うこともできるし、業者を頼むこともできる。しかし、出来れば雨を味方につけ正攻法で挑みたい。体がもつ間は。

 

 


選挙後に「統一教会」の名前を一斉に報じ始めたテレビ・新聞が「報道機関としての自殺行為」と言える理由
テレビ朝日ニュースデスクが解説

安倍元首相を殺害した山上徹也容疑者が恨みを抱いていた宗教団体の名前が「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」であることをテレビや新聞が報道したのは事件発生から、まる3日以上が経った昨日11日だった。
最初は警察発表に基づき、「ある宗教団体」と新聞やテレビは報じていたが、一向に名前は出さないままだった。その一方で、事件発生翌日の9日土曜日から雑誌系のメディアなどが、「統一教会」の名前を報じ始めた。その時点で海外メディアもすでに統一教会の名前を挙げていた。
しかし日本のテレビや新聞は参議院選挙の投票日である翌10日になっても宗教団体の名前を報じないまま、11日に統一教会が都内で記者会見を開いて初めて、統一教会であるとその名前を報道するようになったのだ。
もし、統一教会が会見をしなければきっと今でもテレビは「ある宗教団体」と報じていただろう。テレビも新聞も統一教会の会見後に一斉に実名を報じることとなったのは、ある意味かなり情けない状況ではないのか。
なぜなら「私たちは会見などの発表がないと宗教団体の名前すら書けない状態です」と世界に恥を晒してしまったようなものだからだ。これでは「日本のテレビ・新聞は発表ジャーナリズムだ」と批判されても文句は言えないだろう。
しかも、宗教団体の名前を解禁する時期がまた、あまりにもまずい。「選挙が終わった翌日」にテレビ・新聞が一斉に「名前解禁」ということでは、「やはりテレビ・新聞は政治に忖度をしていたのだな」という不信感を多くの人に抱かせてしまうことにつながる。
本来、メディアとしては、「自社の取材で情報の裏が取れたら、報道すべき」だ。そして、山上容疑者の周辺を聞き込み取材すれば、統一教会と山上容疑者の関係についての証言を近隣住民や友人から聞き出すのはさほど難しいことではなかったはずだと私の経験からは思う。
となればたとえ捜査当局が「山上容疑者が統一教会の名前を供述している」ということは取材に対して認めなかったとしても、「山上容疑者が恨んでいた宗教団体は、統一教会だ」くらいまではすぐに報道できたはずだと思う。
なぜそれをできたのは雑誌系のメディアだけで、テレビや新聞にはできなかったのか。なぜテレビや新聞は記者会見を結局待ってしまったのか、が私もテレビ局OBとして残念でならないのだ。