子猫

 いずれも子猫だった。そしていずれも道路の真ん中あたりだった。
 1か月半ぶりに教会でミサがとり行われた。僕が聖書の朗読の順番に当たっているらしく、妻に言われて参加したのだが、行きがけに、それも一匹目は牛窓町内で、2匹目は峠を下りて岡山市に入ったあたりだった。そして3匹目は、散髪をしに岡山駅あたりに行く途中、橋の上だった。
 なんてことだ、おめでたい日に僕が遭遇した猫たちは、いずれも車にひかれていた。丁度道路の半分辺りで引かれたせいで、死骸を何度も引かれたような形跡はなかった。どれも原形はとどめていて、特に白い子猫などはきれいだった。
 あまり詳しくないが、この季節は子猫が生まれてある程度育つ時期なのだろうか。親の庇護を離れて自立するころなのだろうか。それとも親に捨てられてさまよっていたのだろうか。
 それにしても3匹連続とは。昨年保護した子猫が獣医さんの治療空しく2日で死んでしまって、野良の世界で生きていくことがこんなに過酷なのだと知った。野生こそ生命力が強いように誤解していたが、生き残るのも難しいとは。
 ペットを飼うには憚れる年齢になったから、せいぜい動画を見て楽しんでいるが、この世代こそ有用と言ってくれる学者もいるから、夢よ再びも頭をよぎらないでもない。ただ今日のように連続で不意のいたたまれない別れを見せられると躊躇してしまう。

 

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