子猫

 その子猫を拾ってきたことを妻は一晩僕に内緒にしていた。僕が猫をそんなに好きでないこと知っているから。後で聞いたのだが「捨ててこい」とでも言われると思っていたらしい。だが、拾ってきた顛末を聞くと当然のことをしたのだと思うし、人として信頼できると思った。
 一昨日、しばしば町内の老人宅に薬を配達をする妻が、捨て猫がたむろする漁師町に夕方出かけた。そこでいつも使っている空き地に車を止めたところ、1匹の小さな子猫が妻めがけて駆け寄ってきた。雨に濡れて震えていた。妻がそこらにいた大きな猫のところに連れて行くと、威嚇されて他の車の下で雨宿りもさせてくれなかった。そこで妻は仕方なく連れて帰ったのだ。
 翌日獣医に連れて行き診てもらったが、病気はなかった。安心して、ミルクやスポイドなどをもらって帰ってきた。そしてさっそく教えられたとおりに世話を始めた。クロネコだからヤマトと名付け、タオルにくるんで水やミルクをやっていた。水は飲むがミルクはなかなか飲まない。段ボールの中でほんの少しは歩くがすぐに横たわる。妻は教えられた通りゆっくりと時間をかけてミルクをやっていた。仕事はほとんどできなかったが、今日は薬剤師の応援があったから何とか回っていた。ところが夕方目をはらして降りてきた。「ヤマトが死んだ」
 僕は子猫が衰弱しきっていることは全く知らなかったからとても驚いた。捨て猫だからただひもじいだけだと思っていた。そういえば猫を長年飼っている薬剤師が昼食の時2階に上がって猫に触った時に、体温が低いと心配していた。そして死んでから妻に聞いたのだが、獣医さんは「もし元気なら2か月後に・・・」と言ったらしい。プロだからわかっていたのだろう。
 僕は、子猫の突然の死、親か飼い主に捨てられた子猫の非運を思った。大きな猫が威嚇したと言うことは、「どこからか連れてこられて捨てられたのではないですか」と言う薬剤師の推測が胸を打った。子猫の悲運は、遠くアフリカやアジアの国々では人間に対して行われているのではないかと思ったのだ。もし子猫が幼子だったら。なぜかそのことが頭の中を巡った。小さな子猫にはこうして手を尽くしてやることができるが、これが人間だったらどうなのだろう。
 わずか3日間だったが、僕にそうした気づきを持って来てくれたクロネコヤマトだった。