鉄屑

昔、不動産の仕事でイケイケどんどんだった老人が、ふと漏らした言葉が面白かった。

「最近は、あの辺りには行けんのじゃあ。高こう(高く)売りやがったちゅうて(と言って)怒られるんじゃあ」

 バブルのころ売り出したそのあたりは、眼下に瀬戸内の島々を望むことができて、当時も今も良い土地だと思う。以後徐々に土地代が下がり、今では4分の1くらいではないだろうか。おまけに高台を買った頃からすでに皆さん30歳上積みしているから、体が不自由になって、歩くことはもとより、下手をしたら運転免許を返納している人もいる。そうなれば風光明媚な一帯は、ただの僻地になってしまう。そこまで考えて買った人は少ないだろうから、当時の高い土地代、それに加えてその後の資産価値の大幅な下落を思えば、売った人間を恨みたくもなるのだろう。

 わずか半世紀を生きるだけで色々なことを経験できる。価値がまるっきり逆転することもある。土地を持っていれば安心という神話がいかに根拠のないものだったか。僕を含めて多くの国民が騙されたのだと思う。田舎に行けばただ同然で譲ってくれるところだらけだ。手放したい人だらけだ。

 何かができそうなあの若い頃には、手が届かずに、手が届くようになった今は、何かができそうな気力も体力もない。凡人とは吸引力のない磁石みたいなものだ。ただの鉄屑だ。