皮肉

 薬剤師はいつその衝撃的な事実を知って、その上でなぜ僕のところに勉強に来ているのだろう。  台風前ということだろうか、それともゴダイさんが昨日オープンしたからだろうか、それとも単にいつもの光景なのだろうか、午後暇だったのでコーヒーを飲んでいると、薬剤師が思い出したように言った。なんでも以前勤めていた薬局のオーナーは、僕の後輩で、同じ時間を大学で過ごしていたらしいのだ。だから当然、県人会で一緒に酒を飲んでいたはずなのだが、まったく記憶がない。恐らくまじめな学生で僕とは磁場が違っていたのだろう。その彼が薬剤師に言ったそうだ。「大和さんは、まだ大学にいるの?」と思っていたって。何年下の学生か知らないが、当然いなくなる年にまだ僕がいたってことだろう。僕自身は100年経っても卒業できないだろうと思っていたが、いや、どうやら他の学生もそう思っていたらしいが、当時面と向かって言われなかった分、陰ではもっぱらのうわさだったのだろう。もっとも、入学して5月にはもう力尽きていたのだからそう言われても仕方がない。それ以降モチベーションを維持できずに歳月だけがむなしく過ぎたが、ただの空白にはしなかった・・・と思う。  多くの人たちの期待を裏切って、国家試験もパスし薬剤師になった。当時の空白時代に接した価値観を今だ大切に生きている。なんら生産的な活動をしなかったのに、なぜかその価値観にだけは出会えた。それがなければ今の僕を説明することは出来ないし、それがなければ薬剤師が僕のところに、特に勉強ばかりしていたという人が、勉強に来るはずがない。当時、夢もなく、目標もなく、することもない空虚な日々の連続が、生涯かけがえのない価値観を与えてくれた。皮肉なものだ。