集中

漢方薬を作って、患者さんが待っているテーブルに行くと、テーブルの上に何枚かのレシートを並べて、何やら見入っていた。目の前に腰かけた僕に気が付かないくらい集中していた。 その集中ぶりに興味を持ったので、「えらい熱心に見ているなあ」と声をかけると、不意を突かれながらも「何を買ったか整理していたんです」と答えた。

 「ちょっと見てもいい?」と尋ねると「いいですよ」と笑顔で応じてくれた。

かつて体重が90kgを超え、息苦しさや歩きにくさを訴えてきてから、漢方薬でお世話をしているが、最近は70㎏台に体重は落ち、間欠性跛行もかなり改善している。そんな女性の買い物に興味を持ったのだ。のぞき見趣味でなく、また薬剤師根性でもなく、いつも笑顔が絶えない同世代の糖尿患者の笑顔の源泉を見たかったのかもしれない。

快く見せてくれたが、レシートの中から僕がいくつか選んで読み上げると、照れ笑いに変わってきた。なるほど、せっかくのこのところの改善が、少し揺り戻された理由が分かった。まるで食べ放題のバイキング状態だ。インスタントラーメン、和菓子に洋菓子。挙句の果てはサイダーにスプライト。まるで砂糖水状態の飲み物ばかりだ。

 体を左右に揺らして歩いて入ってきていたのが今ではバランスよく歩き、血圧計の腕帯が届きそうになくて工夫しながら図っていたのも、今ではほかの人と同じ太さで測れる。これだけ改善したらもうひと踏ん張りと思う人と、自分にご褒美をすぐに与えてしまう人がいる。この女性は残念ながら後者のようで、「こりゃあ、自爆テロじゃ!」という僕に笑顔で同調していた。

 優しいらしい主治医もさすがに気になったのか血液検査の表にわざわざ赤色で印をつけていた。厳しい医者だとすぐ他の医者に変わり、優しい医者なら自爆テロ。自分で律することもできないのに、人に言われると腹が立つ。その兼ね合いはむつかしい。

 長生きが最高の価値のように思われていた時代の助言と、長生きが苦痛の巣窟のようになった時代のそれとは趣を異にするのも、当たり前のことだろう。