誘惑

 なるほど、誘惑には勝てないのだ。
ある方にお歳暮で送ろうとして買ってきた白十字の美味しいケーキを、妻が形が崩れるからと言う理由で急遽クッキーに変更した。行き場のないケーキは、自家消費しなければならない。ただ、美味しいのは美味しいがやはり糖分が心配だ。そこで訪ねてきてくださった方に食べていただいているのだが、時にこちらが遠慮しなければならないような対象者がいる。
 今日来た男性二人組は、漢方薬の会社の支店長とその部下。どちらも恰幅がいい。来店してから多くを語り合っていたところで、妻がコーヒーと例のケーキを切って二人に出した。僕はそれまでの時間に上司の方が糖尿病であることを知ったから、ケーキを出してしまったことをわびたが、なんとなくかたくなに断られるような気配がしなかったら「自爆したかったら食べてもいいよ」と彼に言った。すると彼はあっさりと食べることを決断して、美味しそうに食べた。
 聞けば一族皆糖尿。コロナでリモートになってからの発症らしいが、薬で治療を始めている。職業柄病気の知識はあるが、自分のことになると誰もが甘くなる。食いしん坊が多い病気だから、なかなか自制するのは難しいが、逆に努力の結果も反映されやすい。それでもあのケーキを口に運ぶ時の至福の表情。まるで幼子だ。あの表情のまま人生を終えるのもまた一つの選択肢とも思えるくらいの表情だった。