安全地帯

 岡山県もついに、大都市並みの水準を射程内に入れた。ついに3桁の大台に乗った。縫製会社でクラスターが発生したとニュースで聞いたから、ベトナム人が多く感染者の中に含まれるのだろうと思っていたら、案の定、寮で生活している人たちらしい。国籍はあえて発表されていないがベトナム人とその時点で確信した。
 その会社があるのは岡山市の東部で、牛窓から30分くらいで行ける。こうなるとみんなの顔色が変わった。田舎の綺麗な空気の中で暮らし、怪しげな店に行くような人種もあまりいないから、安全地帯だと安心していたが、ぐっとあちらから迫ってきた感がある。薬局内で、そのネタの会話が急に増えた。
 漢方薬を取りに来たある女性のお嬢さんが、その会社があるあたりで暮らしているらしい。心配で心配でたまらないらしく、ハイな感じで話し続ける。僕は買い物くらいで感染したりしないから大丈夫と助言するのだが、植え付けられた恐怖感は簡単にはぬぐえない。
 その女性が帰ってから、処方箋調剤の薬を待っていた女性と話を始めた。息子が書いた処方箋を持ってきた人には、僕はどのくらい効果が出ているか確かめることにしている。
 その患者さんが徐に言った。「母がその縫製会社で働いているんです」なんてことだ正に話題の会社で働いている人の家族が来るなんて。そして噂話?を聞かれるなんて。患者さんは岡山市に住んでいる人で僕の商圏ではないが、漢方薬に関してはかなり広範囲から来てくれるので、こんな偶然もあるんだと驚いた。今朝新聞で知った会社に勤めている人の家族が昼過ぎに来る。
 僕が胸をなでおろしたのは、その会社や、そこで働く人たちを全く非難していなかったことだ。むしろ、感染者と接触して、軽くコロナに感染し、免疫を獲得したいと言う脈略で話していたから、親近感を感じてくれたかもしれない。患者さんのお母さんも感染はしていないと証明されたらしいから、気分も害さなかっただろう。
 全国的にも留学生や実習生の感染が広がっている。コロナのせいで実習期間が過ぎても帰れない人たちに、特例として違う会社に転職することが認められた。その多くは、大きな企業から小さな企業への流れだ。管理も待遇も悪化し、無法状態になるのも当たり前だ。招いたのなら責任をもって送り返せと言いたいが、政治屋や鬼業は「後は野となれ山となれ」だ。困るのは、今回もまた庶民だ。溶けたマグマがゆっくりと麓に流れ落ちてくる。焼き殺されまいぞ、土地も人も。