薬局製剤

 「これはすごいな!」と言ったらしいが、「何を感心したんでしょうね。薬草の名前がずらっと載っていたからでしょうかね?」とにやっとした。
 この女性はもう何年も僕の煎じ薬を飲んでいたが、あるとき僕は主訴以外に何か隠れているのではないかと思い息子を紹介した。血液検査をしなければ分からないし、ひょっとしたら以後も管理が必要になるかもしれないと思い、少し遠回りになるが息子のところに行ってから、処方箋を持って僕のところに来るようになっている。
 この女性が、ある皮膚科にかかったのだが、お薬手帳を見た医師が冒頭のような感想を口に出したらしい。ただ、何秒も見ていないから、結局は薬草の種類の多さに驚いたのだろう。僕が作っていた頃より息子は多くの薬草を加えたから、見開き1ページくらいのスペースが必要だ。僕が作っていた薬局製剤を基本に、医師の特権である処方権を駆使していい薬を作ってあげている。それを見て処方の意図が分かる医師は岡山県にはそんなにいないと思う。
 一時は息子に患者さんを紹介していたが、今は紹介しないことにしている。古くから僕の漢方薬を飲んでいる人は処方箋で飲み始めても、真摯さに変りはないが、最初から処方箋で飲む人は病気に向き合う真摯さが足りない。やはり自分のお金で飲まなければダメだ。病気を克服したい意気込みが圧倒的に違う。
 30年くらい漢方薬を勉強してきたが、年とともに使う漢方薬がシンプルになってきた。薬局製剤と言う先人が残してくれた処方集で十分だ。いや十分すぎて作ったことがない処方のほうが多い。何十年前の先輩薬剤師達が勝ち取った権利を、現在どのくらいの薬局が使っているのだろう。こんな面倒なことをしなくても医院の前に開業すれば儲かるのだから前時代的なことなどする気にもならないだろう。
 マザーテレサが「何のため」ではなく「誰かのため」にしなさいと言ったらしいが、無自覚ではあるが、それに近いことをさせてもらっていると思う。