封印

 その病名を聞いた時はっとした。自分の中に封印していたわけではないが、日常の忙しさの中でほとんど頭から消えていた事実を、目の前にさらされたようなものだ。
 また、漢方薬を作った時に記入していただいた名簿を見ると、僕より10歳くらい上なのだが、何と誕生日は1日違いなのだ。二つの偶然を見せつけられ、僕は10年後の自分を想像せずにはおれなかった。
 病名を聞いた時に「珍しいですね」と言ったが、自分がその珍しい中の一人であることを忘れていた。勝手なものだ、内視鏡で1年猶予をもらったら翌年の検査が近づくころまで気にならなくなる。今日の老人を見ていて、僕の執行猶予がよく分かった。ある時を境に、今日の老人のように僕もなるのだ。
 処方を決めるのに時間はかからなかったが、僕はあることで躊躇していた。あるものを遣えば1日600円で出来るが、あるものを使えば1400円に跳ね上がる。迷ってしまったので患者さんと言うより付き添いの奥さんに尋ねてみた。すると奥さんは即答で「値段はいくらでも構いませんから、良い薬を作ってください」と言った。その表情は純粋にご主人のことを心配している顔だった。
 そのおかげで僕は悔いを残すことなくお世話ができそうだ。病院ではもう薬の選択肢がなくなり、こんな田舎の薬局を頼らなければならない家族の心中を察するに余りある。薬を作りながら心で泣いていた。10年後の自分の哀れな姿を想像したからではない。一所懸命手を尽くす家族の姿が、神々しかったのだ。