紅葉狩り

 本来の僕なら駐車場に入るためだけに行列に並んだりしない。即断即決で引き返すか行き先を変える。ところが今日の和気閑谷学校紅葉狩りは達成しなければならない理由があった。
 紅葉狩りの希望を取ったところ、最近気になっていた女性が名乗りを上げた。国に残った恋人と別れて失意のうちにある女性だ。中肉中背でバランスが取れていた女性だったが、あれよあれよと言う間に痩せてしまった。通訳を介して慰めてあげようと思ってもなかなか僕の前に姿を現さない。そしてつい数日前、偶然彼女が無防備なところに僕が現れ、彼女が頭を丸めているのを見つけた。ベトナムの女性が頭を丸めるときの意志とか理由が僕には分からないが、何かの決意の現われだと思う。そんな彼女がもみじを見に行きたいと名乗り出たので、このチャンうを逃してはいけないと思っていたのだ。車で迎えに行ったときにアオザイ姿で現れたから、並々ならぬ決意、期待を感じた。だから駐車場がいっぱいで、どのくらい待てば駐車出来る状態かわからなくても、忍耐強く待たなければならなかったのだ。
 運よく30分くらいで入れたと思う。閑谷学校のもみじは見ごろを迎えていて遠目でも綺麗だった。もうすぐ駐車場に入れるあたりで待ちきれなかったのか、3人で降りていってしまった。
 そこからはいつものように写真の嵐で、前もって閑谷学校の歴史を教えていたのだが、学校には興味がなくて2時間くらい写真を撮り捲った。そして思わず出した彼女の言葉にすべてが報われた。「オトウサン モミジダイスキ アリガトウゴザイマス」
 沢山の観光客の中でアオザイ姿でにぎやかにポーズをとる姿を見て、安心した。何度も何度も笑顔や笑い声ががこぼれていたから。異国の地で身動き取れない状態で、失意のうちに心を病んでしまうのではないかと案じていたが、あの笑顔はそういった懸念を払拭するに余りある素敵なものだった。
 毎日多くの方に漢方薬を作っているが、このような関係をその方たちと築く事ができれば、もう少し漢方薬が効く確率は上がるだろう。まさか僕が紅葉狩り?何十年も前にはそう言われても仕方なかったが、ベトナム人たちのおかげで僕自身が感性を磨かされている。ありがたいことだ。