確信犯

 薬を渡すためにカウンター越しの距離になると、息をする音が聞こえる。普通の生活の中で呼吸音が聞こえるようなことはまずない。ところが大きく肩を上げ下げするのと同時に音が聞こえるのだから相当な病気を抱えていることがわかる。実際に間質性肺炎で、本人曰く余命1年と宣告されている。この余命1年を本人の口から聞いたのはいつだっただろう。数ヶ月前か?いやもう半年になるか。と言うことは、この先もって後半年から8,9ヶ月。彼はその頃存在を永久に消す。
 なのに結構臭うから尋ねてみた。「タバコ吸ってるの?」と。すると明るい声で答えが返ってきた。「毎日一箱吸っているよ」と。そしてポケットからそのタバコを取り出して見せてくれた。もう30年位前にやめた僕には目にしたことがないような青色のきれいな箱に入ったタバコだった。香りが薄荷のようだった。そのすがすがしい香りに誘われてつい一本・・・・・・とはさすがにもうならないが、見るからにおしゃれなタバコだった。
 間質性肺炎で肩で息をする人が、僕より一つ上だからまだ60歳代の人が、確信犯で寿命を縮めている。無謀なのか馬鹿なのか、潔いのか無知なのか分からないが、なかなかまねはできない。散り際だけがやけに格好良い。それだけの潔さがあるのなら、もっと人様のために懸命に生きればよかったのにと、30年間見てきた僕には心残りだ。