誘惑

 キーン、キーンと何だろう。もう一つの音を旨く表現できない。パソコンに向かっている今、隣の土地を草刈機で刈っていた時の音を思い出せない。キーン、キーンは金属製の歯車が回転するときの音なのだが、草を刈る瞬間の音を表現できない。その音が耳に入って僕は結構気持ちいいから、きっと澄んだ音なのだ。シュン?シュン?
 都会でも草刈機の音は聞こえるかもしれない。公園などの整備には必需品だから、珍しいものではないのではないか。田舎ではこの季節の風物詩だ。去年となりの農家を譲ってもらったときに、2台の草刈機を置いていってくれた。400坪近い元農地だからとても土地が肥えていて、あっという間に草が生え、人の背丈ほどになるのに1季節も要しない。まるで作物のように育つ。折角置いていってくれた機械だから使ってみようかと誘惑に駆られることはあるが、時々新聞に載る自分の足を刈ったとか、一緒に作業をしている人の命まで刈ったというような記事を読むと気持ちが萎える。
 そこで経験者が薬局に用事で来た時に質問してみた。すると便利と言う前に危険と応えた。プロとは言えないが、それなりに経験者のはずなのに危険と言う概念が先行し恩恵よりも危険性が先に語られるする。それによってもたらされるものより、指や手が飛ぶ悲劇のほうが重要なのだろう。
 機械音痴の僕が、触ったこともない機械を扱うのは危険すぎるが、そんな誘惑に駆られるくらい、草茫々の風景は受け入れがたい。