狂想曲

 もう10年とは言わないのではないか。今でもはっきりとリアップ狂想曲は覚えている。発毛を訴えることが出来る医薬品と言うことで鳴り物入りの新発売だった。よく知っている人は勿論、見たこともない人まで朝からどんどんやって来て、仕入れていたのはすぐに売り切れ、買えなかった人は予約を取って後日取りに来てもらうことにした。そんなに売れるとは思わなかったので、最低仕入れ個数しか入れていなかったのでそれを悔いたが、逆に多くの人に嘘をつかずにすんでよかった。本当に生えるのかと疑いながらの仕入れだったから、傷口が浅くてよかった。沢山の人に売っていたら、なんとなく後ろめたくなる。  当時のリアップは勿論、その後発売された5倍濃いと言うリアップも1個ずつ在庫している。当時のリアップは、唯一使い続けてくれている人のため、5倍濃い奴は僕自身のため。だから薬局の一番目立たないところにおいてある。売ろうとも売れるとも思っていない。ところがそんなものに限って見つける人がいて、「先生、リアップって効きますか?」と尋ねてきた。僕が冗談で「髪が邪魔になるほど生えてくる」とポップで書いているのを見つけたのだ。「効くもんか、僕を見れば分かるじゃろう」と答えると、その男性はそれから話題にしなかった。「少しは迷えよ!」  最早死語みたいなリアップがその日もう一度話題になった。ある男性が買い物に来ていた。僕は他の方の相手をしていたので、その男性の用事が全く分からなかった。その男性が帰ってから応対した娘が「リアップを又仕入れておいて」と言った。たまには売れるのかと思いながら、「さっきの人はふさふさしていたように思うけれど、あれでもリアップがいるのかなあ」と娘に尋ねた。すると娘が「リアップじゃないよ、奥さんのビアップを買いにこられたんよ」と言った。最近何故かよく売れるコラーゲンのドリンクなのだが、字で書いた以上に言葉に出されると似ている。  唯一使い続けてくれている男性、そして僕しか効果の判定をする対象を持たないが「効く訳ないじゃろう」の思いは今でも続いている。単なる習慣で使っているだけで効果が無いことは彼も僕も知っている。髪だけが老化を免れたりしたら気持ちが悪いし、ありえない。歳をとれば皆外見は醜いアヒルの子。出来ることはただ1つ、内面が豊か過ぎて見にくいアヒルの子になることだけだ。